奪い愛、奪われ愛

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想像するだけで顔をしかめたくなる数に一切屈せず、鬱々とした雰囲気の欠片もない彼女こそ孤高だった。自分が言われている物とはレベルが違う。 「隠さないといけないような場所に行く事がないから、必要がないのよ」 「連れてってやろうか」 「どこに」 「コーヒー売ってるとこ」 「ナンパ?」 「ちっげぇよ、バカ!」 薄い肩が揺れた。肘置き用に絶妙な高さまで積まれた厚い本4冊の向こう、まだ横からしか見た事のないその表情を正面から見たくなる。 「警察とか行かねぇの?」 「実は私も同じだけやり返してるの。相談され返したらどうしようか、怯えないといけなくなるでしょう?」 「なんだそれ」 そうやって昼寝とコーヒーと彼女を楽しむ時間は、充足を感じていたことに気がつく。 教会を出る時の満足感に比べたら暴走なんてまやかし、未成年の戯れ言だ。トップになったばかりとはいえそろそろ、抜けるべきだろう。 昼寝から目が覚めると隣に座り直すのが恒例になった。 相変わらず滅多に本から目線を外さないまま会話が続くが、回数を重ねれば分かることもある。 読んでいるふりをしているだけなのか、自分が隣にいる間はページが1枚も進まない。よっぽど文字が小さい本か、読むのがゆっくりか。 理由を聞き出したい。 聞けば転がり落ちる予感がある。 茅香のどこでもいいから触れてみたい。 触れてしまえば、きっと戻れない。 「美味しいパン屋さんがあるの知ってる?広い公園の近く」 知らず伸びかけていた手を止めるように、極めて冷静な声で正気に戻った。 「…通り道だ」 「繋馬さんが言ってた。今度はそこのパンをお願いするわ。具材が入っていないシンプルなのがいいわね。同じものを2個」 「同じものでいいのか?」 「次の日もう1個食べるのを楽しみに、時間を潰せるから」 他の女を連れ込むような男を待つ時間の、ちょうどいい潰し相手。そんな関係では満足できなくなっていた事は確かだ。
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