奪い愛、奪われ愛

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「なんでやり返してるなんて嘘ついてんだ」 「頭の中でやり返してるのよ」 「ふざけてんのか!」 コーヒーをひとくち。いよいよ苛立ちをぶつけるが、冷静に返された。 あの日運転席にいたのは、彼女が敵うわけない屈強な男だった。ちっこいのがどうやったってやり返しなんて不可能。 庇ってた。 そんなどす黒い痣、首につける最低旦那を…平気な顔して! 「…だって」 手元に本はない。肩が落ちたと思えば、勢いよく見つめてきた目が潤んでいる。 「痛そうな顔してた、から」 「あ?」 「私、長生きしないの。昔からそんな気がしてならない。だからその日が来るのをずっと待っているの」 なんでもお見通しだと思っていた。 違った。 なにもかもを、諦めていただけだった。 「反抗した方が面倒臭くなるだけ」 「好きだ。俺と結婚しろ」 会えないとき、苦しい。会えても苦しい。 それでも欲してやまず、危うい幸せに体が動いてしまう。 前に誰もいない道路を走る間。 その先に求めるものは、いつも茅香だった。 「痣だらけで!既婚者で!一回り年上の!ずっと閉じ込められて過ごしているような!こんな!変な女が…好きですって?!」 弾かれたような大声に、彼女の眠っていた感情は無理矢理揺さぶり起こされ、髪まで振り乱れる。 「おお。セックスしたい」 「本っ当に童貞ね!」 「童貞は今関係ねぇだろが」 「普通の女性と何もしたことがないからそんな事が言えるのよ!」 「普通の女ってどんなだ?教えろ」 「痣なんかなくて!独身で!自分の意思でどこへでも行ける女性よ!」 「はいはい。興味湧かない女の事な」 いつもと逆。冷静になり続ける自分と、強がりにしか聞こえない高い声。 「本気なの?」 「本気だ」 「できないのに」 「できるように出来るだろ」 目頭が熱い。 「離婚してこい」 俺も最低だ。 助け出したい、なんて聞こえがいいだけの言葉もやれない。 決断すれば辛いのは彼女だけ。 自分が旦那の前に出ていったところで更に辛くなるのも彼女だけ。 「俺と結婚しろ」 自分には、勝手に決めた『結婚する人としかセックスしない』という簡単な誓いだけ。破ったって殴られないし、怒られもしない。 それでも。 「俺は茅香としか(・・・・・)セックスしない」 叶わないのなら、それは一生知らなくてもいい行為だ。
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