奪い愛、奪われ愛

9/19
前へ
/369ページ
次へ
「馬鹿な男」 本を畳む音と軽蔑するような声が暗闇のロッジに突き刺さる。 月明かりがさす窓際のベッドに座っていた茅香は、やっぱりこっちを見ない。 「バイクも裏に停めてきた」 「そう」 返事と同じ気軽さで、一息に晒される裸体。隠れていた部分にももちろん暴力の足跡。青白い光で赤みをなくし全てが灰色の陰影になって、曲線を引き立てていた。 「こんな体よ。幻滅した?」 「綺麗だ」 すぐ口が動いた。 その体に1番幻滅しているのはきっと彼女。自身の体を嘲笑い、嘲笑ってもらう事を待っている。 30分以上バイクを押してきた体は、湯気でも出ていそうだった。脱いだシャツで軽く汗を拭い投げ捨てる。靴も、下も。 買ってきたゴムを箱ごと枕元に放ち、隣に座った。大きくないベッドは小さな抗議の声をあげてきたが、そんな音じゃ止められない。 「キスをした事は?」 「ない」 「とにかくそっと触れて。強引なのも素敵だけれどそれは慣れてから」 私を真似ればいいと腿に颯爽と跨がられ、軽さに驚いている間に羽のような感触が唇に落ちてきた。 自分にもついているはずなのに、茅香の物だというだけで柔らかく官能的。 止まらない。 想像していたより何倍も心臓を掴まれる、色気しかないキスの顔。 頬を垂れ耳が掠めてくすぐったい。 隙間を舌で開かれ、教え込まれた深さ。 光る線が間を渡る。 「上手よ。こうやって…時折見つめてあげて」 顔も知らない結婚相手が勝手にベッドに上がっている。 行為のカウントには含ませてくれないつもりの、指南を申し出られたのだと気がついた。
/369ページ

最初のコメントを投稿しよう!

185人が本棚に入れています
本棚に追加