奪い愛、奪われ愛

13/19
前へ
/369ページ
次へ
誰もいない教会。 もう半年も会えてない彼女の残像が見える。時折、頬に落ちる柔らかい髪。なににも急かされない早さで、耳にかけなおす手。 避けようと思って避けられる環境じゃないはずなのに、時間を見つけては訪ねるが会えず。ため息しか出ない。 ステンドグラスから漏れる光の先の、指定席。 深夜の彼女は女神だった。空から月の光でも背負い、名前を呼びながら椅子の上に降りてきてくれないだろうか。 光の先から木が軋む音がした。 座席には厚い本2冊を枕に、体を横たえた茅香が明らかに憔悴し目を閉じていた。 「あいつ…っ!」 今まで顔だけにはなかった痣。柔らかい髪が撫でるべきその顔には、憎たらしい力の痕が残っていた。 できる限りそっと目尻を撫でた。 その傷、俺にくれ。 神様。女神様。お月様でも、何様でもいい。 外も、中の傷もどうにかして全部俺にくれ。 ゆっくりと開いた目は腫れぼったく、眼球も赤かった。 「月。持ってきてくれたの?」 「いや」 「じゃあ帰りなさい。来ないでって、伝えたでしょう」 「それより、顔」 「顔?どうかした?関係ない。帰って」 声は鼻にかかり、眼球はどんどん潤む。堪えようと暴れていた目には見覚えがあった。 ベッドの上。 「帰りなさい」 「月には、行けたんだけどよ」 「そう」 「持って帰って来られなかった。でけぇし」 「そうっ!なら!帰りなさい!」 「だから代わりに」 ポケットから出した物を彼女に握らせ、そのまま手を引いて2匹のウサギを捕まえた。 買うときクソ恥ずかしかった。でもこんなことしか思い付かなかった。 子どもが喜んで欲しがりそうな、真っ白な垂れ耳のウサギのぬいぐるみ。偶然前を通った子ども向けの店、同じ物が並ぶ棚の中でそいつだけ、白さと目が、初めて会った時の茅香に見えた。 「ウサギだけ、連れて帰って来た」 「馬鹿なの?!」 「結婚しろ。絶対幸せにする」 小さな体。こんなに痕が残るまで痛め付けるなんて心底信じられないようなか弱い体。それなのに、彼女の中身は恐ろしく格好いい。 「俺は茅香としかしない」 「悠一郎のケガって…勲章なんでしょ?」 「おお。いろいろ打ち負かしてきた」 「じゃあ私にも、勲章って言って…?別れたいって言ったらこうなったの!」 見上げてくる、赤くて濡れててへの字の口の、暴力の残る酷い顔。 手は俺の服を掴んだりしない。 破れそうなくらい自分の服を力任せに握りしめ、震わせる。 「どう殴られても蹴られても、全然痛くなかったのに!もう!他の女なんかにあげない!責任取ってもらうわ!すぐに別れてきてあげる!抱き締め返すのはそれから!」 電話番号だけ聞かれた。綺麗に終わったら連絡するから待っていなさい、と。 低い位置から胸ぐらを捕まれると、顎を掴んでいた夜と同じだけの距離になる目。 「間違いねぇ。勲章だ」 「浮気しちゃだめよ?浮気と不倫する人、許せないの」 べっと出てきた赤い舌。 絡めとって塞いでやりたくなったが我慢した。
/369ページ

最初のコメントを投稿しよう!

185人が本棚に入れています
本棚に追加