奪い愛、奪われ愛

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地獄だった。 勲章を背負わされる姿を想像しながら、待つしかできない。 奪わない方が良かったのか。 深夜を待たず帰っていれば。 俺のせいで。 『そんな弱気になってどうする』と誰かケツでも叩いてくれないか。否定なんかしないで『それでいい』と言い切ってくれ。 誰にも胸の内を言えず、勝手な自分を責め、向こうの状況も確認できず狂い出しそうになる内側を、追加された『お願い』に奔走する事で平静をなんとか保っていた。 告白される事が増えた。その度に『浮気しちゃだめよ?』と月から声がする。 チームもその期間に抜けた。 弟分はひっついてきた。 連絡は3ヶ月後、迎えに来てあげてと繋馬さんから。 パンもコーヒーも買って行かなかった。 本は手前の図書館へほとんど移動していたが、指定席から見えた黒髪は変わっておらず、自然に横に座る。痣は顔にも、体にももちろんあった。 「浮気しなかった?」 「してねぇよ」 「これ」 差し出されたのはご丁寧に、彼女が自由になった事の証明書だった。どうやって最低旦那を追い込んだのかは、逸る気持ちに押さえつけられ聞けなかった。 「お待たせ」 いつもコーヒーを置いていたスペースが消える。 伸ばした手を払いのけられる理由もなにもない。 初めて抱き返された密着感がクセになりそうで、何度も、何度も力を入れ直した。 「これももう不要」 自ら指輪を落とし、蹴った。 「どうしてこんな物に皆すがるのかしら」 「悪ぃ、今から渡そうとしてんだけど」 ポケットには剥き出しの指輪。 サイズはあの夜、自分の小指用かと思った目測をあてにした。 「あら」 「なんだよ」 「初めてなくせにちゃんと男の子なのね」 「茶化すな」 照れ臭さの勢いで指輪を薬指にはめてやった。ぴったり。 自分用もつけてみたが、確かにこんなことでなにが変わるのか疑問だった。 「心臓の指、だったか?」 「まあそんな感じね。いいこと思いついた」 眺めていた指輪を奪われ、それは彼女の親指にぴたりとはまる。 「悠一郎の心臓、私が預かるわ。相手の物を持っている方が欲が満たされそう」 私のも預けてあげる、と小指にはめてくれた。それぞれの心臓を持ち合う。なるほど、いい考えだ。 「これで心置きなく悠一郎を苛められる」 「苛められてねぇ」 「夜の話よ?」 耳の後ろをくすぐられるとすぐに思い出す、夜の吐息。正面から見た笑顔に、一層惚れる。 「楽しみにしておきなさい」 「童貞だから分かんねぇ」 「なんだ、あなた童貞なの」 初めてバイクに乗せ、抱きついていてくれた帰り道。パンとコーヒーを買って公園のベンチで奪い合いをした。 奪われる瞬間伸ばした手の行き先は、もちろん後頭部。マヨネーズ味のキスから離れると、お互い白い粉まみれの顔だった。
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