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娘も、もちろん自分も、受け入れられなかった。
気がつけばバイクを運転していた。
手には、ふたり分のパンとコーヒー。
煙になって溶けていったのも、帰って来た骨が歪んでいたのもちゃんと、見たというのに。頭の中ではまだ生きていた。
教会の指定席にいない。木の軋みを待ったが、そんな気配あるはずもなかった。
「悠一郎くん?急にどうしたの」
「あ、いや…茅香が来てないかと思って」
「茅香子さん?何かあった?」
繋馬さんの声で、立ち尽くしていた事に気がついた。
あいつ、死にました。
口が少し開いた所で、言葉にはならなかった。茅香を探している自分の内情を、説明する余裕もない。
「ロッジ、見てきていいですか」
「いいけど酷い顔だよ?大丈夫?」
大丈夫なわけない。
自分が初めてを経験した部屋。
最後かもしれないと感じていた夜の光と神々しさも、ロッジに踏み入れればまだまだ真新しい。
『馬鹿な男』
「茅香?」
自分の足音が、本を畳んだ音とかぶる。
ふたりで使うには手狭だったベッド。
皺のない枕元に触れる。
また拐われた?
どこで待ってんだよ。
こんな急に。
言っておいてくれないと困るだろ。
散々過去を回想し暴走に慣れた体が、風を切るスピードで行きついたのは現実逃避。
そうだ。家だ。
何ちっさくなってんだ。多香。
繋馬さんに声をかけるのも忘れ、駆け出していた。ぬかるみはなく、足は軽かった。
帰る家を間違えたかと思ったほど、室内はぐちゃぐちゃだった。
茅香の思い出が散乱する真ん中。人形のようにうつ向きがちにぽつりと座っていた、娘。
「茅香?」
情けなくも泣き声。
精神と、肉体がバラバラもいいところ。
悠一郎って、呼んでくれ。
だってほら、その見た目は完全に茅香子だ。お前がいないと生きていけないって、ちゃんと言っといただろ。
「茅香じゃない」
焦点がぶつかった。
そうか。茅香じゃないのか。
「茅香じゃないよ。お父さん」
なら。
もう会えない方が、茅香か。
子どもながら娘も同じように、悟ったのだろう。
堰を切ったように泣き出した娘に駆け寄って抱き締め、ふたりでバカみたいに叫びながら泣いた。
茅香。
こんなそっくりな娘置いていってどうするんだよ。お前と思って抱くぞ、バカ。
もしも娘が『自分は茅香だ』と錯覚するほどひどい何かが起こったときは。
『茅香』と呼び掛けても否定せず、俺を『悠一郎』と呼ぶのなら。
それは、もう茅香子だ。
俺は『茅香』としかセックスしないと決めているから、受け入れられれば抱くと、喪失を共有しながら決めた。もし現実となれば狂っているが、外野にどう思われようが関係ない。
泣き叫び続ける父娘の家に、木田がやってきた。
「何してるんですか、片付けますよ」
すぐに背を向け棚を片付け始めたが、顔を何度も拭っているのが見えた。
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