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彼女の不在を確認し合う呼び掛けは、未だに続いている。確認というより、習慣になってしまった。
『茅香』
『茅香じゃない』
『茅』の話をしたことなんてその日まですっかり忘れていた。
まさか娘がこの教会で、正式で無いとはいえ式を挙げる事になるとは、どんな時も想像していなかった。
繋馬さんとは連絡は年に1度程取っていたが、茅香が亡くなった日に混乱したまま会って以来の再会だった。
自由になった茅香も、同じ頻度で連絡を取っていたから引き継いだのだ。
『繋馬さんがいなかったら、教会で凍死してたわよ』
ロッジを提供し、一緒に食事をしたり世話をしてくれていたらしい。あまりやりすぎると憎い旦那がどう出てくるか分からないから、極々たまに。
教会の方は簡素な式の直前、何やら騒がしいが、茅の花言葉を探して本を手に取る。
こんなことでもなければ調べたりしないジャンル。つまらなく感じながらページを進める。
『茅』
載っていた花言葉は
『子どもの守護神』
あと、もうひとつ。
『みんなで一緒にいたい』
ちゃんと幸せだったんだろうか。
奪い合って、奪われ合って。
そう聞いたらまたきっと『見た目に似合わない』と、笑わずいてくれるとは思うけど。
ずっと答えを、聞きたかった。
式が終わっても指定席から離れられず思い返していると、近寄ってきた娘が、ひとつも笑わずにウサギのメッセージを伝えてくれた。
『この子が来てから、幸せしかなかった』
この子。
茅香から本音を引きずり出したウサギと、俺の為にあいつが産んだ娘。
未だに茅香しか望まない、目の前に誰もいない孤独な人生の道。
『奪ってくれて、奪われてくれてありがとう』
『悠一郎』
目の前の娘が呼んだだけなのに、左右から聞こえた気がした。
なんだ。
前でも後ろでも、ずっと先でもなくて…横にずっと居たのか。
それならバイクなんか乗り捨てて、みんなで一緒に歩いて行くか。
足の動きが鈍くなればまた、抱えて帰れる。
叶わなかった望みも、もうすぐ実現するみたいだよ。
自分にそっくりでなく、しかし似た経験を積むことになったとんでもない息子を、娘が連れてきやがったから。
一緒に歩いていくのはふたりになりそうだ。そっちの方が、幸せか。
『痣を作ったら悠一郎が来てくれるかと思って』
とか言って、勝手に横から拐われてんなよ?
浮気なんかしねぇからさ、その内また、パンとコーヒーを奪い合えるまで。
しっかり抱きついて、離れんな。
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