奪い愛、奪われ愛

19/19
前へ
/369ページ
次へ
「お前に謝ってもしょうがないとは思うけどな。勤め先の図書館から1冊、パクってんだ。茅香子からのお願いでな」 見上げる晴れ姿の色男と娘は肩をすくめたが説教は続かなさそうで、簡単にだけ、お願いの理由を説明した。 茅香子が月の次に持ってきてほしいと追加したお願いは、本だった。 湿気の多い山の朝。 ロッジにいるわけにも行かず、迎えがくるまで、教会で本を読んでいたらしい。 『動揺していたから』 本を重ね、さまざまな高さの調節として使っていたのはいつものこと。肘置きに枕、その日の朝は…足置き。 指南を終えれば2度と会わないと誓ってはいたものの、実際は離れがたかった明け方だったそうだ。 ぬかるんだ地面の土が靴に絡まる重さは忘れていない。もちろん彼女の靴にも、土はこびりついていた。 動揺のおかげで靴のまま足置きにしてしまった結果、泥がこびりつき、大量の水分でうねり、そして乾いた跡が激しく残っている本を差し出された。中のページもひどい状態だった。 「そのままにもできないから、新しいの持ってこいって言われたんだけどよ。どこ探してもねぇんだ」 そのおかげで気は紛れたが、正当な用意の仕方では、彼女からの連絡に間に合わなかった。 「デカいところならバレにくいかと思ってな。悪い」 かろうじて背表紙の一部から読み取れた本のタイトルを告げると、なぜかふたりが泣きだし、感謝されてしまった。 「やっぱり俺にとって幸せの鍵は、悠一郎さんです」 「礼なら茅香子に言ってやってくれ」 安心しろ、茅香。 事情は知らねぇけど、こいつらにとっては間違いなく、お前は守護神になれてるらしいぜ。
/369ページ

最初のコメントを投稿しよう!

185人が本棚に入れています
本棚に追加