もうすぐ、

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もうすぐ、

作り慣れた結果ともいえる。 手が勝手に分量を覚えていた。 ふたり分のパスタを茹でていたことに気がついたのは、タイマーの音が湯切りのタイミングを知らせてくれた時だった。 もっと保存の効くメニューにすればよかった。仕方なく、食欲旺盛な年代が喜びそうな量のパスタを、無言で食べ終える。 手早く済ませたかっただけなのに、皿が空になるまでいつもより時間がかかってやりきれない。 食器を洗い終えてもまだ勝手を働く手が、ふたり分を覚えていることを自慢するようにコーヒーまでいつものように淹れてしまう。サーバーにたゆたう黒い液体は驚異にも感じたが、ひとり分だけカップに注ぎ、ソファで胃が落ち着くのを待った。 明日の天気が知りたくてつけたはずのテレビは、いつの間にか料理番組に変わっている。 久しぶりに活躍の場を与えられたと思いきや客はひとりという、ぞんざいな扱いに文句を言ってきているのかもしれない。音量がやたらと大きく感じた。 『ひとり分より、ふたり分の方がご飯は作りやすいですね。作りがいもあります!』 「それは分かる」 最近結婚したらしい、名前も浮かばない女優ののろけた声に返事をしているのに気がついて、笑えた。 『もう好きすぎてずっと相手の事考えちゃうんです!』 「それも分かる」 『浮気したら彼を刺しちゃうかも!』 「それは分からない」 テーブルにはカップと、山積みの資料。 自分にとっては物心ついたときから、一般常識のように知らぬ間に備わっていた知識でも、いざ物量として目の前に置かれると引いてしまえるほど大量だ。 今さら復習するつもりもないが、要所に付箋のついたノートをめくる。学ぶのが好きな方だとは知っていたけど、奮闘が目に見え、手元に赤ペンがあれば1ページごとに花丸をつけていってあげたい気分だ。 『お願い!頭の中、交換してー!』 苦しんでいたのも隣で見守っていたが、なんともらしい(・・・)苦しみ方に笑ってしまいそうだったことは気づかれていないはずだ。 交換できてしまえたらかなりまずい。 心臓の内側を、彼女がどれだけ占めているのかバレてしまう。きっと引かれる。
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