もうすぐ、

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ほんの少し胃に余裕ができたところで入浴を終え、膨らみのないベッドに乱暴に倒れこんでも、いさめる声がしない。 視界には照明ひとつ。 焦がれる瞳は今、どれだけの宝石を映して輝いているのだろう。輝く瞳を見つめるのが自分ではないことに天井を睨んだところで、感想も感嘆の声もなにもでてこない。 息を吸い込んでも、手をのばしたくなる匂いはどこにもなく、まだ満たされている腹が上下しただけ。行き場のない手を隣にのばしてみても、冷えたシーツを滑っただけ。 天井って、こんな色してたのか。 「ただいまー」 靴音が消え、慎重になった足どり。テレビも消えた部屋では、小さい音でも十分動きが分かる。 こちらから出迎えてやるつもりはない。 いろいろ重たいんだ、こっちは。 「あれ?寝てると思ってた」 艶のある顔が覗きこんできた。前髪はななめに軽く流れ、自然に肩から落ちた黒髪。 ただ撫でつけただけのようなアレンジの仕上がりに、不満げな声は無視して送り出した今朝のまま。 ディナーに相応しい髪型に変わっているのだろうかと照明を睨んでいたが、変わっていないことにはさすが、頭を撫でてあげたい。パスタ1本分だけ、気持ちの重みも減った。 「楽しかった?」 「それはまあ、うん。家族からのお祝いだし」 「家族?」 「家族」 「男とふたりきり。夜景が有名な店で口説かれてきた、の間違いだ」 「口説かれてないってば。もう毎年恒例でしょ?店は…今年はほら、特別だから」 「なにも今日じゃなくたって」 「今日しかお店が空いてなかったんだって」 「色気の巣窟みたいな店じゃなくていいだろ」 「小さい男ですね」 「おい」 「拗ねてたらそう言えって。ごめんね?」 「…それ、早く出して」 差し出した手を、とぼけたように眺めてくるが誤魔化されない。 「花瓶にさして置いとくから」 「捨てない?」 「3秒で出さなかったら燃やす。さん、に、いち」 「え?!は、はい!」 後ろ手に隠されていた花束が勢いよく差し出された。
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