番外編 1

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恋人ではない人と、恋人みたいな時間を過ごす。そんな体験ができる変わった職業だ。 「もう1個、ちょーだいっ!」 「しょうがないなぁ」 「さすが!僕の優しい恋人」 「今だけね」 きつね色に泡立つ衣の様子を確認する間。 『あーん!』と、隣で大きく開いた口に揚げたての唐揚げを差し入れる直前、カメラのシャッター音が止まなくなった。 てっぺんでまとめられた颯の前髪が、ようやく口に含めた唐揚げを味わう大げさな揺れに合わせ、ヤシの木みたいに揺れる。 南国の日差しと、トロピカルなジュースが似合いそうな笑み。 さっきまで歌っていた自作の『二足歩行が揚げられちゃう』という歌に、スタッフもみんなつられて笑ってしまい、現場が彼らしい暖かい風に包まれる。 「颯と海に行ったら楽しそう」 「いいねー!砂で城を建てよう!」 「泳がないの?」 「足がつかない深さが苦手なんだ。一応泳げるけど…砂で遊ぶか波打ち際の散歩ぐらいがベターだね。疲れたらパラソルの下に避難して、フルーツジュースを飲もう!」 「いいね!やっぱり楽しそう」 「真ん中でハートになっててさ、1本で2人同時に飲めるリゾートなストロー使おうね。よぉし、今度は海で撮影する仕事をこしらえよう。ビキニよろしくー」 「ごめん、家から出られないかもしれない」 ベッドから出られるかどうかもあやしい。 モデルルームのキッチンで、なぜ鶏肉を揚げているのか。 それは颯の『恋人と休日を過ごすならしたいこと』を叶えるためだ。その様子を撮影されている。 まずはご飯を作っている様子を隣で眺めていたい。そんな希望。
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