番外編 1

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なにも本当に作らなくてもと思ったけれど、住んでいる家と似た間取りの部屋なこともあってか、調理が始まってみると恐ろしく落ち着いている自分がいる。 家にいるときと違うのは、周りの撮影機材、スタッフ。そして、となりで調理を見守る人。 「まさか唐揚げを揚げることから始まるなんて思わなかった」 「昨日の夜はなかなか眠れなくてさ!思いの丈を紅大にずっと細かく連絡してるのになんの反応もないんだよ、酷くない?途中からは見もしないんだ」 「颯が焚き付けたんだね…」 「朝なんてバグ起こしそうなほど電話かけまくってたら、電源落とされちゃったよ」 仕事の話を受けたときは、拗ねながらも背中を押してくれるような態度だった。 それが前日の夜からあれだけ豹変した理由は、横にいる上機嫌タレ目だったのか。 起きたあと、ソファでスマホのニュース記事を見るのが紅大の毎日のローテーション。 そのときに颯のすさまじい着信を受けたのなら…スマホを置き去りにしたくもなる、か。 「楽しみすぎてさ!多香子は?よく眠れた?」 「心臓がうるさかった、かな」 「久しぶりだもんね。僕と一緒だからマシでしょ?」 「本当に感謝してる。ありがとう。私に話がきたときには既にいろいろ決まってて驚いたよ」 「『もう、颯ったら』とか言って欲しくて。それに…イメージ戦略でもある」 「なぁにそれ?はい、もう1個。あーん」 「あーん!うんまぃ!」 クセが増したように見える伸びた髪は、ヤシの木以外も彼のテンションに合わせてよく揺らぐ。 家のキッチンでは見上げることになる視線も、今は首を真横に振るだけですぐにタレた目とぶつかる。 「僕と恋人として撮影する相手は多香子じゃないとって、周りに思わせたい。そのために本気で恋人のつもりで挑んでる、今日なわけだよ」 「だからそんなにテンションが高くてその…近いんだね」
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