番外編 1

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ノートを取りながらよく眺めていたその背中。 「怜さん!止まって!」 「あれ?多香子?偶然だね」 名前を呼ばれるの待ってたくせに。 息をひとつも乱すことなく振り返った元恋人は、驚いた顔をしている。 さらりと嘘つくんだから。ほんとにもう。 「絶対わざとです!」 「いつもと雰囲気が違う服だね。相変わらず良い見た目だけど」 「颯と撮影をしていて」 「那古か。最近女子生徒がよく騒いでる。同級生だって言っても信じてくれないんだ」 「平気な顔して嘘つける人だって、みんな分かってるんですよ」 「あれ、随分言うようになったね。追いかけきてくれて嬉しいよ。期待していい?」 「キーケースなんか落とされたら、誰でも追いかけますってば」 「落としものをする男には気をつけてって教えなかったかな?」 「忘れものをする男性、でしょ!」 まだ落ち着かない呼吸のまま、キーケースを差し出した手。その手首を逞しい手に捕まえられる。薬指には、指輪。 拾った腕時計はつける余裕もなく彼を追いかけてきた。 昔はスピン、今は薄い傷。 隠してくれる時計はなく、リボンも捕まえてくる手の内側。幻覚も見られない。 懐かしい思い出と同じ強さを感じ、うつ向いて目を閉じる。あのときと同じ気持ちには、もうならない。 恋愛と呼んでいいのか、今考えると怪しい怜さんと過ごした時間。 例えるなら、流れるプール。 浮き輪に全身を預けて漂っているようだった。行き先もスピードも、彼の手の調節ボタンひとつで決められる。 なんにも考えず、ただ流されていただけのあの頃の自分は…酷く誘導しやすかったことだろう。
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