番外編 1

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ふと顔を上げた。 クラス全員がプリントの問題に取り組むなか、途切れた集中にひと息つく為だった。 筆記の音しかしない教室。いつもよりクラスの女子の背筋は伸びているし、課題に取り組む姿も他の授業中とは違い、真剣な様子だ。 教壇に立つ結城先生と目が合った。 …気のせいかもしれない。 右、左と様子を周りをうかがってみたものの、顔を上げているのはどうやら自分ひとりだけ。 再び正面を見ると、にこりと笑いかけてきた顔に心臓が煩くなった。 静かすぎる教室。 心音がやかましいと、周りから鬱陶しく思われていなかっただろうか。 今の自分で高校時代をやり直したいか、と聞かれたら即答できる。 そんなこと絶対にしたくない。 「アライグマ?」 「どう見てもイヌだろ」 「こっちは…カバ?」 「…ネコ」 隣の席の江藤くんは定期的に古文の教科書を忘れる人だった。その度に机を近づけ、開いた教科書を共有する。 並んだ机の真ん中に、不要なプリントの裏面を橋渡しするのが恒例。授業の合間、暇潰しによくラクガキを書いては楽しませてくれる。 彼の絵のセンスはなかなか独特で、可愛らしいテイストな割にどれも弱っているように見え、いつも種族の域を越えた正解を教えてくれた。
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