番外編 1

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他のクラスの友達に、教科書借りたらいいのに。 そう思ってはいるものの、彼のセンスにまみれたイラストと、あともうひとつの楽しみを理由に、本人に促したことはなかった。 「ウサギだけ上手だね?」 「好きって言ってたから…練習したんだよ」 「垂れ耳の子の方が好きなの。書ける?」 「それもこの間教えとけよー…」 頬杖をついて新たに書いてくれたウサギは…なぜかホラー感漂う溶けかけの耳を持っていた。 無理を言ってしまったらしい。 「…笑いすぎ」 「ごめっ…だって、ウサギ、お願いしたら…ゾンビになっちゃうなんてっ」 震えながら静かに謝ると、脇腹に優しいパンチが届いた。 声を潜めながらのやりとりは、どうして普段よりもあんなに楽しく感じてしまうのだろう。 1番後ろの席。 他の生徒の目も比較的少ないのをいいことに、彼と机が近いときは授業内容よりも、その個性的なイラストの方が印象に残っていた。 使い終わったセンス溢れるプリントは1枚だけ、記念にノートに挟んである。 「バカにしてるわけじゃないんだよ?好きだなって」 「え、好き?!」 「独創性に溢れてて」 「…イラストね。はいはい、分かってました、よっ」 「いたっ!」 「それじゃあ次の訳ね。江藤、いってみよう」 頭にもパンチをもらったところで呼ばれた名前に、一時中断。 席順で指名されていく授業。彼が立たされるのにはもう少し時間がかかると思っていた。 机が近いふたりは盛り上がりすぎていたのか、前の席の子が起立を終えていたことに気がついていなかった。 「えー怜ちゃーん、俺わかんない、まじでわかんない。とばして」 「そう言わずに。とりあえず一文だけやってみよう」 『とりあえず一文』 結城先生の古文の授業で指名されると、その口癖によって立ったまま、しばらく頑張らされるのが名物だった。 『一文出来たんだからもっとできるよね?』、『じゃあ次は?』と続く。 「片深、お願い。見せて」 「いいけど、苦手だから自信ないよ?」 立たされた江藤くんは、他のクラスにも顔が広い人。 席順からして今日指名されそうなことは分かっていたのだから、もっと授業が進んでいるクラスの友達から、ノートも借りられただろうに。
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