番外編 1

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「そうやって頼ってばかりは駄目だね。相手が特別な子なら、とくに」 「れ、い、ちゃぁん?!さらっと暴露すんのやめて?!まじかよ…!」 「狼狽えなければいいのに。誤魔化せないのもいかにも青春で、うらやましいね」 抑えた笑い声に包まれる教室内。 ひとりだけおいてけぼりの気分だった。なぜみんなが笑っているか分からず首を傾げ、顔を赤くした江藤くんを見上げてみる。 視線をそらされた。 ひどい。 「ここからでも気づくものだよ、いろいろと。餓死寸前の生き物のラクガキとか…、あ、確認だけど生き物だよね?それ」 「いつどうやって見た?!」 「実は分からないなりに訳してみた結果があるのも分かってる。恥の上塗りのつもりで言ってごらん?」 「恥って決めつけんなって!」 ふたりのやりとりに周りの笑いはおさまらないまま、言い合いの仲裁に入ってきたチャイムが授業の終わりを告げた。 「青い春のおかげで中途半端になっちゃったじゃない。明日また江藤の恥から始めるからね」 「俺また恥かくの?!」 「とりあえず一文でいいから、答えなさい。恥をかきたくなければ予習してくることだね。じゃ、終わりまーす」 すぐに騒がしくなった室内。 メイクと前髪直しに励んでいたクラスメイトの高い声が、教壇を囲む。 いつもあんなにスカートが短い子達じゃないのに。 他の科目の先生に若い人がいなかったせいもあってか、女子生徒の人気を集めていたし、男子とも気さくに話す姿もよく見た。 物腰柔らかに見える雰囲気と、顔の細さ。爽やかな笑顔。 家族が普通の落ち着きのない男性ふたりだからか、全く違った雰囲気の先生に対して憧れの気持ちを自分も持っていた。 ただ、教壇を囲みに行くほど勢いのないぼんやりとした憧憬。 たまに目が合うと微笑みをくれるだけで、満足できる程度のものだった。 いつもなら『教科書を見せてくれたお礼』と紙パックのジュースをくれる江藤くんは、なにも渡してくれそうにない。 高めの声の波が引いていった教壇、何やら必死に先生に噛みつきに行ってしまった。
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