番外編 1

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イラストと共に楽しみにしているのは、授業のあと江藤くんが教科書見せてくれたお礼、と渡してくれるいちごオレ。 教室からは離れている食堂の自販機。短い休憩時間にわざわざ買いに行っているのか、汗をかいた紙パックだった。 たまにお昼休みに渡されることもあった。いつもは友達と2人で食べるお弁当。 その相手が部活の事情で教室におらず、ひとりで食べているときに限って、冷えたいちごオレ片手に隣に座ってくる。 『ここで一緒に食べていい?』 購買で買ってきたパンの袋を広げ味わいながら、私のお弁当の唐揚げを当然のように強奪していく。 自分で作っていると教えたときから、犯行は始まった。 そんなに好きならと、いちごオレと物々交換の気持ちで、つまみ上げられる唐揚げを毎度見送っていた。 今日はお昼休みパターンなのかな。 でもちょうど喉が乾いている今、飲みたいなぁ。 実はポケットに隠し持っていて、席に戻ってきたらくれたりしないかな。ブレザーのポケットを透視するように眺めていた。 ふと、こちらを見てきた江藤くんと目が合う。しかしまた気まずそうにそらされた。 いちごオレ目当ての視線に気づかれてしまったのかもしれない。 今度差し出されたときは断ってみようか。 彼が自分の為に買ったはずのいちごオレを、教科書を一緒に使ったくらいで毎度奪ってしまっていたようなものだし。 彼からは面白いイラストという楽しみまで貰っている。唐揚げ1個と釣り合ってはいないか。 やがて江藤くんも教壇から離れていった。 これでやっと先生に声を掛けられる。 「結城先生。私のノート、返ってきてないんです」 「あれ?そうだった?ごめん」 「明日、返してもらえたらそれでいいので」 前日に全員提出したノート。おそらく、最後の提出になるだろう。 授業の最初に返却され終えたはずが、なぜか自分のだけ返ってこない。そのまま進みだした授業を止めてまで主張することでもないかと、別の科目のノートを1枚破いて使った。 それじゃあお願いします、と軽く頭を下げた視界に入ったのは、すっかり片付いた教壇の上。 指で滑らされてきた小さなメモには、黒板では見ることの出来ない内容があった。 『今日の放課後 国語の教職員室 ノート取りにおいで』 「それじゃ」 有無を言わさず教室から離れていった姿を見送るしかできなかったのは、すぐにチャイムが響いたから。 ノートの代わりに渡されたのは秘密の匂いのするメモ。間抜けな顔した女子生徒は、慌てて席に戻った。
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