番外編 1

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指定された日時。黒い扉の部屋番号前。 簡素、と言っては失礼かもしれないが、素直にそう感じたマンションと、結城先生の雰囲気は結び付かなかった。 与えられるシアワセは勉強の続きだと疑っていなかったすっとぼけた頭は、それ以外の可能性があることなど考えもせず、カバンにはノートと借りている本が詰まっている。 もう制服ではなく私服。家を訪ねるという異常を体は感じ取っていたのに、インターホンを押す指の震えは気づかないふりをした。 少しだけ開いた黒い扉からゆっくり伸びてきた手に、スピンのついた手首をとらえられた瞬間。スピードが変わる。 一気に薄暗い室内に飲み込まれた。 浮いていた。 靴箱の上に座らされる為に。 間抜けな声を出そうと1度吸い込んだ空気はすぐに吐き出すことができないまま、初めてのキスを奪われていた。 突然間近に迫った顔。1番後ろの席から教壇までの距離と比べると考えられないほど近いのに、視線は絡まない。彼は目を閉じていた。 慌てて自分も閉じる。 閉じれば感覚は鋭くなり、甘く食んでくるキスに酔う。 憧れの人から直接施される秘密の匂いは、初な未成年には濃厚すぎた。逃げないように後頭部に回ってきた手など必要ないほど、抵抗していなかった。
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