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閉じていた目を開くと、掴まれたままの手首。
偶然に飽きたらず、分かりやすいわざとを加え、こちらから声をかけるよう仕向けてきた昔の恋人。
「あれから露利とは?」
「結婚することになりました」
「そうか、おめでとう。これでめでたくダブル不倫できるね」
「なにもめでたくないですよ…」
「じゃあ、重婚だ」
「怜さんらしいプロポーズですね。しません。犯罪です」
人生で1度きりの、1回目。
思い出すと自分を叱りたくなるだけの、薄っぺらい体験と付き合っていた期間。
憧れなんて持たなければと思うこともある。
それでもあの秘密の匂いがしたメモは、1輪の百合に続く本当の幸せへのチケットだ。例え大きな傷を抱えることになろうとも。
今の自分で高校の頃に戻れたら。
きっと怜さんと繋がってはいないだろうから、戻りたくない。
「ありがとうございました。紅大と付き合うきっかけをくれて」
本当は大切に持っておきたかったのに、拾うことを阻まれた切り落ちた紐。別な日にこっそり中庭を探してみたりもした。
でも見つからなかった。
「彼と出会う為の…いい踏み台でしたよ、怜さんは」
「踏み台。酷い言い方するね」
「酷い相手に合わせてあげてるんです。この手で、いろいろ思い出しちゃって」
「従順な頃が懐かしい」
引き寄せられるような動きを拒むのに精一杯。さすがに振りほどくのは難しい。
でも、気持ちは屈伏する気がしない。
きっと、そっくりな容姿をくれた母親が。
見た目だけが好きだと言ってくる怜さんと引き合わせ、紅大に続く道を作ってくれたんじゃないだろうか。
偉大に思いすぎか。でもそう思わせてくれる、図書館から消えた上巻のいきさつだって知っている。
『1人くらい酷い男を知っておいてもいいわね』などと言い、微笑んでくれそうな母親。亡くなってからもずっと見守っていてくれる私の守護神だ。
「びっくりするぐらい母親とそっくりなんです、私。もしも怜さんの前にふたりで並んだら、どうします?」
「それは悩む。シアワセな悩みだ」
「これだからクソ野郎は」
精一杯言葉を吐き捨てた。
当時は見たことのない睨んでくる目。掴んでくる手にも力が入る。
ちっとも怖くない。もちろん動悸も喜びもなにも無い。
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