番外編 1

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蹴りあげることも出来そうなほど、初めて急所をつくことに成功した気持ちは晴れやかだった。 苦しげに歪んだ顔。咳き込む体は手首を放りだし、屈みながら離れていく。 家路を急ぐ足が増えてきた歩道の脇で苦しむ男。無表情に見つめる女。 視線を感じてもなにも気にならない。 憧れだけだった。 誘導された『好き』だった。 でも。 感じていた憧れも、叱り飛ばしてやりたい自分も捨てない。 「痛かったですか?」 「そりゃ、こんだけ咳き込、んでるんだから…分かるでしょ」 「ハジメテってそんなものらしいです。クソ野郎な元恋人が言ってました」 これぐらい、言ってやってもいいよね。 「そんなに好きなこの見た目は…どうぞ雑誌なり画面なり、離れたところから眺めるだけしていてくださいね、怜さん」 「…ますます従順な頃に戻してやりたくなるよ」 「名前を呼ばれたらお返事でしょ?」 「それじゃ、気が向いたら連絡してね。多香子」 「なんにも聞こえません」 都合よく栓のできる耳は紅大から借りた。 気持ちも揺るがず、改めて過去と話をつける度胸は彼と過ごしてきた時間がくれた。 引ったくるようにキーケースを受け取り、咳をしながら離れていく背中を見送る。 彼の手にはリボンで飾られた子ども服ブランドの紙袋と、行列ができるお店で有名なカフェのケーキ箱。 ちゃんといいところもある人なはず、だ。 …私にはクソ野郎なだけで。 「連絡することはないです。一生」 連絡先はあの紐が手首から消えた直後、今朝と同じ視線に見守られながら、ゴミ箱のマークを押したから。 踵をかえしたスニーカー。 沸き上がる気持ちに足がまっすぐ向いた場所は、もちろん。 朝とは違う気持ちに呼吸が騒ぐ。
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