番外編 1

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今日の仕事が決まったときから完璧に組んであった帰宅後のタイムスケジュールは、不慮の事故によって随分荒らされてしまった。 荒い息のまま靴を脱ぎ、お風呂へ直行。そのままでいると『早く風呂入ってきて』などと不機嫌を加速させかねない。 ふたりが家に揃ったら、斜めになる角度がないほど彼だけの為に過ごす。そうスケジュールの横に赤い文字で書いてある。 疲れと匂いを全身から洗い流し、水を1杯一気に飲んでから、ハンバーグの下ごしらえ。 タネを捏ねる動作で少し前の気持ち悪さを思い出したが、ストレス発散に変えた。 「次!もし!出くわしたら!思いっきり!突いてやる!」 ステンレスのボウルが暴れる音だけが響く。ひとりのときもふたりのときも、テレビや音楽を楽しむものに電源が入る機会は少ない。 そのおかげか、お互いにたてる生活音のタイミングや声の調子の聞き分けが得意な耳になった。 明日、少しでもゆっくり出来るよう多めの分量を用意したはずなのにすんなりまとまってくれたタネ。 時計を見ればそろそろ帰ってきてもよさそうな時刻だ。 調理中カウンターに置いてあったスマホの画面が光ることはなかった。いつもの帰宅時間から遅れることはないという知らせだ。 残念に感じる連絡は頻繁ではない。お酒を飲む人ではないし、交友関係もはっきり言って狭い。仕事の都合で遅くなることも、1ヶ月に1度あるかないか程度。 出掛け間際の言い逃げのことを考えると、今日は意地でも遅くならずに帰ってきそうだなと、納得していなかった顔を思い出して笑ってしまった。
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