番外編 1

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基本的には自分に任せてもらっている調理でも、上達した彼が料理長になることもあればアシスタントをしてくれるときもある。 初めて作ったときはカウンターごしだった距離が、一緒に過ごしてきた時間の積み重ねにより、同じキッチン内まで近づいた。 彼が見て、聞いて、食べて覚えたハンバーグのレシピは、たくさんの注釈つきで頭の中に完璧に保存されていることだろう。 バリエーションを増やしてみようか。 実家では『内容よりも量』の父親と陽紫だったから考えたこともなかったけど、紅大なら目も舌も興味を持ってもらえるかもしれない。 相手がどう過ごしているのかなんてすぐに分かる部屋なのに、飽きもせずわざわざ近寄り合う日々だ。 普段から彼のことだけを考えているような生活。綺麗に焼き目のついたハンバーグをお皿に盛りつけ、美味しそうに食べてくれる顔を想像するだけで嬉しくなる。 「やっぱり…好きだなぁ」 「ハンバーグが?」 「ふぁっ?!」 背後に立たれたことに全く気がつけておらず、耳元の湿った声から咄嗟に逃げかけた。 生活音に敏感になったはずの耳は、久しぶりに鈍感になっていたのか。 シャワーの音が止んでいたことも、キッチンに入ってきたことにも気がつかなかった。 油断していた体はぴたりと寄り添ってきた熱さとキッチン台に挟まれてしまう。お風呂上がりの湿度がベッドに運ばれる大人の甘味と似ていて落ち着かない。
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