番外編 1

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こもった吐息とはかけ離れた場所なのに。 たった一言。熱い夜とはまったく関係のない言葉でも、低い声と距離に、波打つシーツの上に運ばれた気分にされてしまう。そんなの悟られたらおしまいだ。 あとはテーブルに運ばれ、食べられることを待つだけになったハンバーグの手前に、髪からこぼれてきた水滴が一粒はねた。 「そんなに驚かれると思ってなかった」 「ちょうど出来たところだから、すぐ食べられるよ」 「ん。美味しそう」 「…離れてくれないと、運べない」 「座ったら食べられない」 「ご飯は座って食べるでしょ」 「我慢できない」 「『お急ぎ』にしたからもうすぐ炊けるよ?」 「鈍感にカンパイ」 滑り撫でる熱い指が内股を遊ぶ。 柔らかい感触を楽しむようでいて、自分と彼以外には晒すことも触れられることもない場所の薄い皮1枚、擦り剥がせそうなほどの微かな擽りにまた甘みを感じてしまった。 「あっ…」 声がこぼれてしまっても、おしまい。 どんな思いが乗った吐息かなんて、声の調子に、特に色づいたような声に敏感な都合のいい耳が聞き逃してくれるはずがない。 それはふたりを加速させるだけ。聞こえてくる声にも同じ思いが乗って返ってくる。 表情は見えないのに、どんな顔をしているかなんて…分かりすぎてしまって困る。 「同じような反応した?」 「なにと、同じ…?」 「触られたはず。ここ」 いたずらを繰り返す指。 そういえば自分と彼だけが触れるはずのその場所に、ニマニマ笑う侵入者がいたことを思い出した。 きっと今頃唐揚げに興奮しているタレ目。葵もちゃんと食べれているだろうか。全て兄のお腹に入ってしまいそうな気もする。 「声は出てない…と、思う」 「声は、か」 「そうだ!あとでお礼言わなくちゃ」
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