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キッチンカウンターの向こう、いつもくつろぐソファの前には、覚えなければならない資料の塔。
あれを乗り越えなければ結婚には近づかない。いくら教えるのが上手な彼でも、単なる人名と相関図の暗記ともなればこちらの頭に頼るしかないはずだ。
頑張らないとな。…ひとりで。
「お風呂上がりにすぐご飯を提供したいって言うから、連れ込まなかったんだけど」
「もう炊けるはず、な、のっ!」
「味見に口実をくれて助かるよ」
「ま、待って、今、調理…」
「包丁は使ってないし、あとは運ぶだけの晩ご飯。調理はどこに残ってる?」
そんなもの残ってない。洗い物も済んであるし、ご飯が炊けたら、お茶碗によそってハンバーグと共に運べば『いただきます』と手を合わせられる。
なのに。また嘘ぶいて、遠回り。
「さあ、こっち向いて。甘やかしてくれるのも嘘なのか?」
これは甘やかしに入るの?
聞く前に、顎に添えられた手に促されるまますんなり振り向いていた。
内股だけでも十分甘さに酔っているのに何度も唇が吸われ始めてしまえば、脳内は酩酊に近くなる。甘くさせられているのはこちらの方。
正直ベッド上のディナーは覚悟していたけれど、今夜は前菜の前に食前酒が追加されるらしい。
酔ってはいけない。こんな場所なのにこちらから誘ってしまう。
キッチンにふたりでいる時間が増えると共に『調理中のちょっかい禁止』のボーダーラインを探られ続けた結果がこれだ。
『1ヶ月間会わない』と宣言していたペナルティは、同棲をはっきりとした意識で自覚してすぐに『1ヶ月間実家に帰る』と変更してあった。
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