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「隠し事は無しなんだよね?」
「誰かはよく隠し事するけどな」
「怜さんに会ったの。もちろん偶然」
その名前は、彼の前では禁句も禁句。
今まで何度か口を滑らせてしまった後の傾向といえば、一瞬で鋭くなる眼光。地に落ちる機嫌。あたられるわけではないけれど刺々しく豹変する雰囲気。
カップを手にソファで寄り添ってみても、小さなお礼のあと『置いておいて』と、本から目も離してくれない。
コーヒーをちびちび飲みながら、やがて気持ちの落ち着いた手が頭を撫でてきてくれるまで何も言えずひたすら待つ。対策はそれしかなかった。
ずいぶん久しぶりにその名前を出した。
見つめ返して言葉を待つ間、自分の心臓だけがやかましい。
「…そっか」
怒っているわけでも機嫌が傾いたわけでもない、受け入れてくれた返事に力が抜けた。
「殺されるかと思った…」
「人をなんだと思ってるんだ」
「せ」
「せ?」
「せ…世界一、大切にしてくれる人」
「ちょっと怪しい気もするけど許そう」
危なかった。
『今すぐここで証明してやろうか』などと言われながら、無尽蔵に殺されるところだった。
「重婚しよう、だって」
「変わってないな」
「今までにないくらい言いたいこと言えて、急所もつけた」
「蹴りあげて踏みつけとけ」
「そこじゃなかったんだけど…怜さんになら、次は出来ると思う」
「成長したな」
「お互いに、ね」
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