番外編 1

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1日終わったなと、触れ合う腕に心も体も力が抜け落ち、甘やかすはずが甘えたくなってしまう。 本格的な撮影復帰の初日。日常とは違う仕事と、出会ってしまった人。居心地のいい空間に疲労を一気に自覚した。 「今日は2回プロポーズされるし、大変な日だったな…」 「とんでもない日だな。…2回?」 「で、りっちゃんから他になにを聞いたの?」 「学生時代の鈍感話」 「思いあたることがないんだけど」 「憐れな江藤のことは?」 「江藤くん…って憐れだったかなぁ?」 「お前への好意を皆の前で結城に暴露された挙げ句、その日の放課後勇気を振り絞って告白したら」 「好意?告白?」 「ほら、既に憐れだ」 「次の日の授業の為に訳すの『付き合って』とは帰り際に言われたよ?だから、自分でやらないと駄目だよって」 「そうして黒い車に颯爽と乗り込んで帰った、と」 「すごく待たせてたし、すぐ乗っちゃったけど」 怜さんとの秘密が始まった日。ずっと待ってくれていた陽紫の車にあと一歩となった正門前、江藤くんに呼び止められた。 それまでとはまったく違って見え始めた世界。カバンには上巻、手首に残る力強さに心臓が乱れていた。 乗り込んですぐ車内の空気が冷たくなったこともよく覚えている。 待たせてしまったから怒っているのだと、何度も運転席に謝ったっけ。 「運転席からこわい大人に睨まれて震えあがったんだってさ。だからそれから手を出せなかったとさ。おしまい」 「陽紫が?どうして?」 「追伸。江藤はいちごオレ、苦手だそうだ」 「え?!」 「彼女のりっちゃんが言うんだから間違いない」 「江藤くん毎回間違って買いすぎ!」 「鈍感バンザイ」 「今、鈍感なところあった?」 「鈍感なところしかなかった」
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