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「ま、枕の代わりに…背中、ひっかいちゃう…かも」
「いいよ」
大歓迎。と、ようやく晴れてきた視界の中見えた愛情に、今夜は自ら枕を放り投げた。
無意識の傷跡がなくなるまで、ベッドの上のディナーのたびに床で泣くことになるかもしれない枕。少しでも早く彼だけにすがれるようになるからそれまでは、そこで待っていてほしい。
「紅大!急にいなくなったりしたら、許さないから…っ!」
「ずっとそばにいるよ。これからまだまだ幸せ味わいたいし」
すがりやすいように一層近づけてくれる体を、抱きしめた。
伝われ。
性欲無尽蔵なくせに、抑え込むことにも用意周到な彼に。
心臓が膨らんではじけてしまいそうなほど大きく感じた本当の幸せに、こんなに感謝しているって。
見上げる天井。
透明な紙に書いた『逃げるが勝ち』は丁寧にはがし、『逃げるだけ無駄』に変えた。
逃げたところで結局帰ってくるのは、前菜もメインディッシュもデザートだっていっぺんに運ばれてくる彼のそばだ。たまに食前酒もやってくる。
教訓は、もうひとつ。
体を壊すほどの恐ろしい回数は口に出すものではない、という経験から貼り付けた透明な紙。素肌の彼ごしに毎度確認する教訓はこうだ。
『回数を聞かれたら
『1』以外の数字は口にしない』
デザートはアフォガード
スライダーで滑り落ちた先、私専用のグラス。
注がれるは湯気たちのぼるブラックなコーヒー。淹れたての深煎りの黒に溶ける、冷たくて熱くて、苦くて甘い欲張りなデザートに溺れるふたり。
「口説き落としてくれて…ありがとう」
「落ちたのはどっちだろうか」
「…お互いかな?」
ひとつにまざりあえたなら…他のところへ行けるはずがない。行くはずがない。
共に溺れ続ける契約は、人生で1度だけ。
「紅大、大好き…幸せ」
日付が変わる時計の音は、都合のいいふたりの耳には届かない。結局指輪が憧れに戻るのは、揃って食べる昼食に近いような朝食後。
ご褒美の指輪をふたりで選ぶ、幸せしかない1日はそうして始まった。
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