エピローグ

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エピローグ

 『あの~、高村さんですか?』  スマートフォンから陰鬱な声が聞こえてきて、高村は嫌な目覚め方をした。  仕事柄、電話には必ず出ることにしているが、勤務明け、寝入りばなの一時間はさすがにプライヴェート用のスマホは取るべきではなかったと、彼は瞬時に地球の裏側まで深く反省したい気分になった。 「───どなたですか?」  電話の相手が誰だか分かっていて、彼は自分の精神状態が通常に戻るまでの時間稼ぎに尋ねた。  半年前の記憶すら瞬時に掘り起こす、己の驚異的な反射能力を彼は呪い───いや、自画自賛した。 『室田と申します。弁護士事務所で調査員やってる。───あの、“王子様”の件で』  四十歳前後の(実際は幾つだか知らないが)中年男が口にした台詞に、彼は嫌でも目が覚めた。 「───どのようなご用件ですか?」 『私だって何度も言いたくないですよ。───でもあなた以外に話せる人もいないので………。今日のヨーロッパ辺りの海外紙の社交欄を見てください。いや、私は英語読めませんが』 「は………?」 『じゃ』  言いたいことだけ言うと、まるで気が済んだ───あるいは禊ぎが済んだ───と言わんばかりに、通話は素早く切れた。 「?───」  ベッドの中で、高村はメタリックに輝くスマホを凝視した。  その日、ひと眠りして目覚めた彼がPCで海外の有力新聞の電子版を検索すると、そこには、ヨーロッパ随一の金持ち王室の第二王位継承者である、侯爵家の次期当主の長男が継承権を放棄した───というニュースがトップ画面に載っていた。  理由は明らかにされていないが、彼の母方の血筋が原因であることは間違いないだろうとも書かれていた。  だが、その点以外では評判のよかった王子の侯爵家離籍の反響は大きく、国民の落胆はかなりなものだと記事は伝えていた。  マスコミの発表がどこまで正確かは分からないが、それでもその一文に高村は慰められた。  とはいえ、侯爵家からたっぷりと財産を分与されるであろう、この本物の“元プリンス”の未来は薔薇色に違いない。  この才色兼備の貴公子が、今後どこに居を構えようと、ヨーロッパどころか世界中の美姫、美女が彼を追いかけ回すだろうと、記事は締め括られていた。  インターネット上で使い回されている、数少ない、端整な“王子様”の写真とともに。  誰かと話しているのか、顔を傾けている、おそらくは公務中の屋外でのショット。  ───不意に、 『また会えますか?』  クールでありつつも、若々しい、魅惑的な声音が彼の背筋を這い上った。 「まさか───な………」  と思わず口に出しながら、彼は、今までの人生で感じたこともなかった『予感』が形作られていくのを───しばし、目眩と共に感じていた。 了
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