一章  匿名性の死

1/11
10人が本棚に入れています
本棚に追加
/53ページ

一章  匿名性の死

 この世界には信じられないくらい沢山の人がいて、その中でも似通った人たちが集まっては、自分達にとって安全で、心地いい場所を作ろうとしている。その大きなものが「国」だったり「社会」だったり、その中で細かく分かれてるコミュニティだったりするんだろう。学校や会社、主義主張を同じくする人たちの集まり、仲の良い友達の集まり、SNSなどを通じたグループなどなど、数え切れないほどのコミュニティがこの世界には存在している。  そしてこの世界で生きていくと言うことは、それらのコミュニティを渡り歩いて行くことに他ならない。例えば俺の二十五年の人生を省みても、小学校、中学校、高校、我が家での母親との生活、今勤めている区役所、TWITTERを通して知り合った人たち、様々なコミュニティに所属して生きてきたように思う。  もちろん沢山、失敗もした。  例えば小学生時代。俺はTPOを弁えず「うんこ」だの「ちんこ」だの本能の赴くまま叫び、気に入らないことがあれば大声をあげて喚きだし、ヒステリーを起こして、その小さい身体で教師にすら殴りかかろうとして返り討ちにあうような、かなりヤバい奴だった。  そんなヤバい奴であるところの俺が、その幼さを残したまま中学校に上がったらどうなるか?  早々に大人になった友達からは距離を置かれて孤立して、異物に対して攻撃的な反応を見せる同級生からは虐められて、社会というものの厳しさを知ることとなった。  その辺り、思い返すだけでも胸が痛くなってくるので詳細は省くが、一例だけ挙げると昼休み中、個室トイレに閉じ込められて上から放水され続けたのはきつかった。  しかし幸いなことに逆境に対して、学び、乗り越えようとする強い意志を持って生まれてきた俺は、思春期に訪れた悲痛な出来事から「所属するコミュニティが望む、相応しい振る舞いをしければ、この世界で生き延びることはできない」ということを学習し、意識的に場の空気を読んで自分を取り繕って生きていくようになった。  仮面を着ける術を、身に着けたのだ。  窮屈な仮面や、自分が大きくなったように思えて心地良い仮面。様々な仮面がある中で、ついこの間まで俺は5つの仮面を状況によって使い分け、人生というサバイバルを乗り越えようとしていた。  ある忌まわしい事件によって今ではほとんどの仮面が使えなくなってしまったが、世話になった「仮面」と、「仮面」によって生まれた思い出の供養のために、今ここでその5つの仮面について語ろうと思う。  どうせしばらく、暇だし。  例えば小説を読むように、俺のこの内面の呟きをどこかで見ている人がいるとするならば、少々お付き合い頂けるとありがたい。そんな人がいてくれると妄想するだけでも、砕け散った俺の「仮面の日々」に、少しは意味があったと思えるからさ。 「頼むよ。土下座でもなんでもするから」  俺は、締め切ったカーテン越しに差し込む薄明かりに照らされたその部屋で、空想上のあなたに向けてそう独りごちた。俺の部屋ではいつだって、暗がりの部屋に置かれた蝋燭の灯火のように、パソコンのモニターだけが煌々と光を放っている。
/53ページ

最初のコメントを投稿しよう!