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「ハァ、ハァ、ハァ…」
動悸が激しい。
「見つからない…」
僕は絶対に人に見られてはいけないものを落としてしまった。おそらく、落としたのは教室。日が短くなった冬の放課後、部活をしている奴らの声が校庭から聞こえる。薄暗い教室で電気も付けずに必死で這いつくばって探していると誰かの足音が近付いてきた。
(どうか、通り過ぎてくれ)
祈りもむなしく、教室のドアがガラガラと大きな音を立てて開かれた。
「なにやってるの?」
四つん這いになった僕を見下ろす立花頼子(たちばなよりこ)が怪訝そうにいった。
「え、あ、あの…」
慌てる僕の横を通り過ぎ、頼子は自分の席に向かった。頼子は禁止されている化粧に茶髪、スカート丈を短くしているクラスのリーダー格であり、陰キャをバカにする僕の大嫌いな人物だった。僕の動悸はさらに激しくなった。なぜなら、落とした手帳はただのスケジュール手帳ではない。「デスノート」とでもいおうか、僕の嫌いな連中への罵詈雑言で埋め尽くされたストレス解消の手帳である。もちろん、この頼子のことはトップ3に入るレベルに書かれてある。
(見つかったら殺される。いや、もうその場で腹を切って死のう)
僕は本気で生と死の狭間にいた。
「ん?なにこれ?」
(はい死んだー)
僕は死を覚悟した。
「山田の奴、弁当箱置きっぱなしじゃねーかよ」
「紛らわしいわボケー」
(ヤバッ)僕はとっさにツッコミを入れてしまっていた。
「え?影山がツッコミ?マジウケるんですけど」
「え、あ、いやあの…」
僕はまた、下を向いて手帳を探し始めた。すると、すぐに頼子の大きな声がした。
「あっ!」
(終わったー)
今度こそ終わったと思って顔を上げると、
「私の忘れ物があった~」
そういってニヤニヤとこちらを見ている頼子がいた。
(わざとやっている)
怒りを抑えてまた探し始めると、また頼子が声を出した。
(何度もその手にのるか)
そう思って頼子を見上げると、その手には見覚えのある黒い手帳が。
「ギャー!!!!!!!!!」
僕は叫びながら奪い返すべく頼子に襲い掛かったが、ひらりとかわされて転がった。
「ふむ。陰キャオタクの秘密の手帳。これは面白そうだ」
「はい、死んだー」
もう、僕は心の中の声が口に出ていた。
ニヤニヤしていた頼子の顔色が変わっていく。
「ふむ、そりゃ見られたくないわけだ。」
落ち着いた口ぶりだが、顔は怒りで血管が浮き出るようだ。
「ここなんか、秀逸だね。」
手帳をこちらに見せながら言った。
「立花頼子の顔は恐竜に似ている。肉食系の。目が鋭くて口がでかい。もう、改名すればいい。ジュラシックヨリコ。」
「これも面白いな」
「テスト中、カンニングで先生に叱られていた。マジウケるwwカンニング立花に改名すればいい。そんなズルして生きていけると思うなよ。なめんな人生」
「あとこれ」
(やめてくれ~)
冷や汗だらだらにして下を向いたままの僕に頼子は続ける。
「立花頼子のバッグ、マジださい。なにあの臭そうなキーホルダー。キモい缶バッジ、そもそもバッグの色が紫って大阪のおばちゃんか!改名しろ、お前はなんやねん頼子だ。芸人目指せよ」
僕は何も言えずに下を向いていたが、やがて頼子の声が震えてきていることに気づいた。
「お前はどんだけ私に改名させたいんだよ!」
そうツッコむ頼子はボロボロと涙を流して泣いていた。僕はその泣き顔を何も言えず呆然と見続けていた。
「これは、私が預かっておく」
そう言って立花頼子は手帳を持ったまま、机を蹴っ飛ばして最短距離で教室から出ていった。
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