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ゆうやは コーヒーをすすりながら ボーッとしていた
ゆうやを見ながらコーヒーを飲もうと カップに手をかけた俺を目掛けて 川田先生の鉄拳が頭上から打ち下ろされる瞬間 俺は ヒラリと身をかわし コーヒーカップのコーヒーがこぼれないように腕の高さはそのままに 体だけ先生が座っていた椅子へと移動した
「何ですか・・・いきなり・・・コーヒーで ゆうやにヤケドさせたらどうするんです 危ないなあ」
俺は少し不愉快そうに 先生に抗議した
「お見事! いや あっぱれ! ははははっ・・・何しろ この学校にはワシの相手になるような生徒がまるでおらんでな 退屈しておったんじゃ いいね これからワシも生活に張り合いが持てるというものだ あっはっはっはっはっはっは・・・」
と 笑いながら また壁を伝って天井まで駆け上がり 俺の顔 目掛けて 飛び蹴りを仕掛けて来た
俺はギリギリ近くにあったベッドで体を回転させ 窓際に降り立った
「せっかくのコーヒーが冷めるじゃないですか・・・ふふふっ」
もう 笑うしかなかった
「まるで亀仙人と悟空の実写版だな・・・」
ゆうやは そう言って やっと微笑んだ
「だろう? ワシも そう思っとった ほぅら ワシのもくろみ通り ゆうやが笑ったではないか なっはっはっはっは・・・」
川田先生は確かに亀仙人に似ていた
俺は こんなところで いきなり攻められるとは思ってなかったが しばらく体を動かしていなかったので動きに切れ味がなかった
今夜から 心して鍛え続けなければと反省し ゆうやと それぞれの教室に戻ることに
ゆうやを2階の教室まで送り 3階へ向かう途中の階段の踊り場で 特進クラスで一番小さくて痩せて青っちろい顔をした小林という男が 知らない生徒3人に囲まれていた
もう1時間目の授業は始まっている
俺が通りかかると小林の怯えた目が 俺に救いを求めた
「授業 始まってますよ」
俺はさりげなく 彼らに声をかけた
小林を取り囲んでいた生徒は みなデカい図体をしていた
一向に彼らに動きがないので 俺は もう一度
「授業 始まってますよ」
と 丁重に繰り返した
3人のデカい生徒たちは 自信満々に手の指をパキパキと鳴らして 薄笑いを浮かべた
俺は 危ないので小林をつかみだし
「教室に 戻ってろ」
と言った
小林が階段を上りかけると同時に 3人は俺に向かってきた
一人は飛び蹴り 一人は頭突き 一人は正拳突き
雑魚相手に怪我させちゃまずいので 俺は一気に階段の手すりに飛び上がり 手すりをひょいひょい伝って3階の廊下まで行くと 走って教室に飛び込んだ
小林が席に着いていることを確認し ふーっと安堵のため息を漏らした時 あの3人は教室の後ろの扉を ガラリと勢いよく開けた
数学の平野という教師は
「お前たち 授業中だぞ」
と毅然として彼らの前に歩み寄った
そのうちの一人 ツーブロック野郎が
「小林君に話があるんだ あと そこの見かけねえツラの小生意気なお兄さんにも な」
と まるで映画の不良少年役みたいなセリフを言った
平野は 動じることなくキッパリと告げた
「学校の授業中に 授業以外のことを優先して話さなければならないのは非常事態の時だけだ 自分の教室へ戻りなさい」
「非常事態なんじゃぁ~ 俺らにとっちゃ 非情事態も同じよぅ ええっ ぉいごらぁぁ 小林ぃ てめぇ みんなの前で さっきと同じこと もういっぺん言ってみろやぁ 先生にも よぉく聞こえるようにな もういっぺん言ってみくされ!」
小林は青くなってガクガク震えている
数学の平野は ツーブロックに こう言った
「どうしても話したいというなら この授業が終わったら 私が責任もって 小林君を数学準備室に連れて行く 1時間目の休み時間 君たちも数学準備室に来るといい 君たちが希望するなら校長教頭にも同席していただこう」
するとツーブロックの後ろから にゅっと顔を出した5分刈りの男が 俺を顎で指しながら言った
「あの新顔にも 来てもらおうじゃねぇか」
平野は顔を引きつらせて俺を見た
平野の顔は実際 恐怖に引きつっていた
今朝の首無し遺体は 俺が手を回した仕事だ と 職員は思いこんでいるらしかった
平野の困惑ぶりを見てとったツーブロックと5分刈りは 何かを察知し 平野と俺の顔を交互に見比べた
俺は平野が気の毒になり
「先生 俺 彼らの話 聞いてきます! 授業 続けててください」
そう言って 教室から廊下に出た
ツーブロックと5分刈りは手下で 彼らのリーダーはアイドルのような端正な顔つきの茶髪だった
「君 いい度胸してるな」
茶髪が 優しい声で俺に言った
「無駄な争いはしたくない」
俺は そう言った
この高校の生徒は 皆 グルなのかと思っていたので意外だった
俺たちが連れ立って向かった先は 誰もいない格闘技室だった
俺は不安になって言った
彼らに 怪我を負わせたら面倒だな という不安
「ここで準備体操でも しようってのか?」
「っるせぇー」
ツーブロックが いきなり飛び蹴りを仕掛けてきたので軽くかわした
ついでに その腕をつかまえ 5分刈りが組み付いてこようとしていたので そちらに転がしてみたら2人は激しく衝突した
「ぃ痛って~ チクショウ・・・なんだ てめぇ~」
ツーブロックと互いに顔面を強打した5分刈りは 足がふらついたまま立ち上がろうとしていたので 軽く足で払うと再び転倒した
「お前らの相手じゃない」
と茶髪が言った
「当たり前だ 明日 首無し遺体で磔になりたくないなら そこまでだ」
どこからともなく現れた狩場が 3人に向かって そう言った
「あはは・・・よせ そんな冗談・・・気色悪い」
俺は狩場に 笑いかけた
「か・・狩場さん・・・」
茶髪 ツーブロック 5分刈りの3人は 狩場の姿を見ると 急に緊張して後ずさりした
「ほぉ~ 狩場は闇の帝王か?」
俺はふざけて そう聞いた
「西さん よして下さい 雑魚は この狩場が引き受けますから教室に戻って下さい」
「いや せっかく彼らが俺に話があるっていうから 俺は どんな話か聞きたいんだ」
狩場は ジロリと茶髪を睨んで 凄んだ
「西さんが ゆうやさんの兄さんということは周知の事実だ この狩場が 唯一恐れる カリスマ ラスボス の 西さんに てめえら どんな話があるんじゃあ! おんどりゃぁ~ 言うてみぃ この狩場の前で どんな話か 簡潔明瞭に言うてみやがれ!」
「おい狩場 そう大きい声 出すなって 彼らは俺に 何か伝えたいことがあっただけなんだ そんなに叫ぶなよ 穏やかじゃねぇなぁ」
静かにそう言って 俺は 格闘技場の壁にもたれかかった
茶髪たち3人は顔色を変えて俺の前に正座すると
「申し訳ございませんでした」
と頭を下げた
「だから・・・そうじゃない・・・早く教えてくれないかな 話って どんな話だったの?」
俺は少しイラついて 彼らに質問を繰り返した
狩場は激高した眼で彼らを睨み 顎をしゃくって言葉を促した
金髪は震える声で こう説明した
「今朝 礼拝堂の事件の噂で 校内が騒然となっている時 ゆうやさんが怯えている姿を見た小林が 小さな声で『役者だなぁ 自分で吊るしておいて』って言ったんです 聞き捨てならないことを平気で言うから 問い詰めようと思っただけです し し し しかし 俺たち 昨日まで出席停止処分くらってたんで 西さんのことは知らなかったんです そ そ その ゆうやさんのお兄さんだなんて もし 知っていたら こんなこと す す する訳ないじゃないですか・・・」
「そうか・・・ありがとう よくわかった 確かに ゆうやは何も知らない あえて言うなら 吊るしたのは俺だ」
俺は 自分への戒めを込めてそう つぶやいたのだが それを聞いた3人は顔を引きつらせ
「も も 申し訳ございませんでしたぁーーーっ!」
と 正座して頭を床に擦り付けた
「君たちは謝ることないぜ 俺に殴りかかっても かすりもしてないじゃないか 速筋の鍛え方が足りない 空気を読み切れてない 俺は少し体がなまってたので いい運動になったよ・・・ それに ゆうやを守ってくれようとしたんだから むしろ礼を言わなくちゃならないな ありがとう これからも よろしく頼むよ ただし・・・暴力や脅しは 力のない人間のすることだ 自分の正義に自信があるなら 正々堂々と礼儀正しく きちんとした言葉遣いで伝えるんだ その方が真剣さが 真っ直ぐに心に響く! そう思わないか?」
「思います」
3人は 小学生みたいに素直にそう言った
「では よろしくお願い致します」
俺は そう言って 教室に戻った
俺は もはや開き直った
こうなった以上 引き下がる訳にはいかず 隙を見せることさえできない
ゆうやに 帝王が務まるとは思えない
俺は帝王学を学び ゆうやの側近となって 影の帝王として君臨してみせる
ゆうやを真に守り抜くためには そうするしかないんだ
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