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不貞腐れた勇者
「らっしゃせー、あくそうみっつっすねー。ありゃしたー。まあこしくっさいませー(いらっしゃいませ、薬草三つですね。ありがとうございました。またお越しくださいませ)」
王様に道具屋の主人を任命されて三週間。
ヴァルはすっかりやる気の無い道具屋店主になり果てていた。
服装も、ただのシャツに麻のズボン。
頭にタオルを巻いた『どこにでもいる街の兄ちゃん』スタイル。
誰が見ても今のヴァルを『紋章を宿した選ばれし勇者』だとは微塵も思わないだろう。
そんなヴァルの主な仕事は、来る日も来る日も冒険者たちに薬草を売り続けること。
店を訪れる活き活きとした冒険者たちの顔を見る度に、ヴァルは自分の置かれた境遇を呪わずにはいられなかった。
「ったく、なんつー接客だよ。少しはやる気だせよな」
ヴァルが店のカウンターでうな垂れていると、入り口の方から声が聞こえてきた。
顔を上げると、長身のひょろっとした男がそこに立っていた。
「んだよ、ロイドか。冷やかしならとっとと帰れよ」
ロイド=カッシュは、ヴァルより二つ年上の冒険者。
職業は盗賊で、ヴァルにとっては幼い頃から付き合いのある兄貴的存在である。
クールと言えば聞こえは良いが、どこか人を食ったところがあり、こうやって道具屋の主人になったヴァルのことをしばしばからかいに来ていた。
故に、ヴァルは「しっしっ」と手を振るのだが、ロイドはニヤニヤ笑いながら店の中へ入ってきた。
「今日はちゃんとした客だよ。薬草五つとピッキングツールを一つな」
「……ちっ」
客だと言われたらどうしようもない。
ヴァルは注文の品を棚から出して、彼の前に置く。
「合計で百ルドになります」
「ちょっとくらいまけろよ」
「道具屋相手に値切ってんじゃねえ」
ヴァルはロイドから代金を受け取る。
買い物を済ませたロイドだが、一向に立ち去る気配がない。
まあ、いつものことなのだが。
「仕事の邪魔なんですけど」
「仕事しているようには見えないんですけど」
どうやら、居座ってヴァルのことをおちょくるつもりらしい。
まあ、これもいつものことなのだが。
「はあ……。俺のことをからかう暇があったら、冒険に出掛けてお宝の一つでも見つけてきたらどうだ? おふくろさんのためにもさ」
ヴァルはちょっとした反撃を試みる。
ロイドの母親は最近体調が良くないと聞いている。
治療の難しい病を患ったらしく、彼は次の冒険に必要な分を除いて、稼いだお金を全て母親の治療費にあてていた。そういう面もあるので、皮肉屋なのだがどこか憎めない奴なのである。
だが、そんな些細な反抗もロイドは華麗に受け流す。
「まあ、そう邪険にしなさんなって。一応、手土産もあるからさ」
「手土産?」
「さっき街の広場で面白いモンが配られてたから、持ってきてやったんだよ。ほら」
そう言って、ロイドはカウンターに一枚の紙きれを置いた。
その紙を見たヴァルの目に、
『紅蓮の勇者 アメリア=レッドストーン 難攻不落と謳われたノースカウディア大陸のA難度ラビリンスを見事攻略』
という見出しが飛び込んでくる。
ロイドが持ってきたのは、いわゆる『新聞の号外』。
だが、そのデカデカと書かれた文字を見て、ヴァルの胸はズキリと痛んだ。
「すげえよな、アメリアの奴。この街を旅立ってまだ一年足らずだってのに、活躍が記事になるのはこれで何度目だ?」
アメリア=レッドストーン――彼女はヴァルの幼馴染だ。
記事にある通り、彼女も勇者――《戦勇の紋章》を授かった者である。
同い年だが生まれるのがヴァルより丸々一年近く早かったアメリアは、ヴァルに先だって冒険の旅に出発した。
そして、この一年足らずの間にめざましい活躍を遂げているというわけだ。
「……さあな。どうでもいいよ、そんなこと」
「どうでもいいってこたあないだろ。お前ら幼馴染だし、よく『俺たちのどっちかが、この世界の謎を解き明かすんだ』って言ってたじゃねえか」
「はっ、そんなこと言ってたっけ……」
ヴァルは自嘲気味に呟く。
世界の謎――ヴァルたちの世界では、《迷宮召喚(サモンラビリンス)》という、ある日突然何もなかった場所に迷宮が現れるという現象が起きている。《戦勇の紋章》はただの飾りではなく、その迷宮に入るためのパスポートなのだ。
大量の魔物とお宝が眠る迷宮に入れるのは、紋章を授かった勇者とその仲間(パーティ)だけ。故に、ヴァルたち勇者に求められていることは、この《迷宮召喚》の謎を解き世界の真実を暴き出すこと。今の時代は、そんな勇者たちと共に迷宮へと潜り一攫千金を狙う冒険者たちで溢れ返っている。
もっとも、そんな世界事情など、今のヴァルには全くもって関係のない話だ。
破竹の勢いで勇者街道を邁進中のアメリアに対し、ヴァルは旅立つことすらできずに燻っているのだから。
少し前までは、彼女の活躍を耳にする度に「今に見てろよ。俺が旅立ったらすぐに追いついてやる」と意気込んでいたが、今はもうただただ悔しさと情けなさしか感じない。
「ガキの頃の話だろ。そんなのいちいち気にしてられっかよ」
「お前、しょっちゅう酒場に行って、オッサン冒険者たちに『俺のパーティに入れてやってもいいぜ』って言ってたもんな」
「やめろ。黒歴史を抉るな……」
そんな少年が今は立派な道具屋の主人だ。
ヴァルは笑うに笑えなかった。
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