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「ほら、集中。今日から本格的に素振りしていくよ」
僕についている先生は中村先生といって、まだ優しい先生だ。博多弁じゃない標準語で喋るから、なんとなく丁寧で優しい印象を受ける。
竹刀の握り方を教えてもらっていると、背後からの気勢が体育館を包んだ。京子や小暮くんたちのかかり稽古が始まっていた。その周りを白髪の江口先生と、長身の八尋先生が歩きながら監視している。
「声ええぇ!」
八尋先生の怒鳴り声に思わず背筋が伸びた。その奥で六年生が江口先生に叩かれている。このまま上手くならなくて良いから、隅っこで摺り足と素振りをしていたいと思った。
僕は中村先生に一から素振りを教えてもらっていた。
ただ竹刀をしっかり振れば良いと思っていたが、上手く振りかぶってしっかり面の位置で止めても、中村先生は苦笑いを浮かべていた。
「山之内くん、お腹の底から声を出しなさい。えいっ、えいっ。こうして、お腹からの大きな声を剣に乗せなさい」
剣に声を乗せる。その意味はちっとも分からなかった。今日も次の日も、しばらく経ってからも。
ひたすら隅っこで素振りをしていると、床に激しく竹刀が落ちる音がした。驚いてそちらを見ると、床に転げる竹刀を小暮くんが拾おうとしていたところだった。僕は思わず「あ」と声を出した。竹刀を拾う小暮くんの背後で江口先生が竹刀を振り上げていたのだ。
ぱあああぁぁぁぁん
小暮くんの脳天に江口先生の振りかざした竹刀が振り下ろされた。
「竹刀ば落とすちゃ何事かあ。剣に気持ちが乗っとらんとじゃ、小暮は。京子は心が乗っとる。やけん、かかり稽古くらいで竹刀ば振り落とされるったい」
竹刀をとる小暮くんの小手が震えていた。泣いているのだと分かった。
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