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 休憩となり、京子や小暮くんが面を外している。僕も隣でゆっくり小手を外した。小暮くんが腕で顔を拭うと、「だっさ」という小さな声が聞こえた。京子の声だ。思わず僕は京子を見やる。あっちも僕を見た。  僕は、そう言うなよという目を向けた。それに気付いた京子が僕を明らかに睨んで言い放った。 「山之内に剣道なんかできん。小暮も。情けなか。剣道なめんな。弱か心のまま竹刀振っても強うなんてならんとよ」  苛立たし気に立ち上がった京子は、ずんずんと大股で女子トイレに向かった。 「小暮くん、大丈夫?」  小暮くんは手をかざして、近寄る僕を制した。 「大丈夫、大丈夫」  小暮くんは僕と一緒で学校での存在感は薄い。時々、僕とゲームの話をするくらいで、他のクラスメイトと話す姿をあまり見かけない。  なんで小暮くんは剣道をしているのだろう。ふと、そんなことを思った。  稽古を終えて母さんを待っていた。行け行け言うくせに、迎えは遅い。一人やみんなで帰りたいけれど、剣道団の決まりで夜道は親と帰ることになっている。  最後の迎えが来るまで、江口先生はじっと入口に立っている。白い髭を撫でながら、竹刀を持ち、暗い夜空をずっと眺めている。  隣には京子がいた。僕なんて存在していないかのように、こちらを見ず、江口先生と同じ夜空を見ていた。  気まずいなぁと思っていると、ふと、高いところから声がした。こちらへ向かずに京子が話しかけてきたのだ。 「山之内、あんたさ。学校で小暮がやられようの知らんとね」 「え?」  はあ、と京子はあからさまな溜息をついた。 「そんなのにも気づかんとね。ほんと、漫画とゲームの話しか能がない。観察眼もない。おまけに弱い」  そこまで言わんでも、と思いつつも、小暮くんのことが気になった。恥ずかしながら、京子に聞くしか方法はない。 「誰にね?」 「自分で見て気づきよ」  不機嫌そうな顔で京子は僕を睨みつけた。何故、京子はこうなのだろう。そんなことを思ううちに母さんが片手をごめんと上げて迎えに来た。 「ありがとうございましたっ」  江口先生に礼をし、母さんもペコリと頭を下げる。 「はい、ご苦労さま」  そう言った江口先生が僕と母さんに深く礼をする。隣の京子はじっと冷たい目を僕にくれていた。
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