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「……四年に負けたら恥やけんね。やめてよね」  京子が僕の顔を見ずにぽつり言った。 「でも、僕、始めてまだ一ヶ月しか経っとらん」  京子は、はぁ、とわざとらしい溜息をついた。そのまま顎で、向こうを指した。僕と対戦する子の方だ。 「……あんたと当たる田上くんはあんたが入る一ヶ月前に始めたと。負ける言い訳ば最初からするんなら、そんなもん通用せんけんね。しかも四年に。恥ずかしかと思え」  京子は僕をギンと睨んで離れた。京子の対戦がホワイトボードに記された六年生の先輩から小さな溜息が漏れていた。  いざ、試合。赤と白に分かれるらしく、僕は胴紐に白い帯を巻いていく。  体育館の中央に江口先生と八尋先生が腕組みして並び、隅っこのほうでは中村先生が低学年の子たちを教えていた。江口先生と八尋先生とを挟んで反対側に、赤い帯をつける対戦相手が並んでいた。  すでに京子は帯を結び終え、静かに佇んでいた。僕の真正面に四年生の田上くんが並んでいる。僕と同時に面をつけ始める。面をつける前に僕を見て少し笑った。あれは、勝てると思っている顔そのものだ。  面をつける前に小暮くんが「勝とう」と言ってくれた。とても勝てる気なんてないけれど、小暮くんの眼鏡の奥にある目は本気で、嬉しかった。  僕の試合は四試合目。一試合終わるごとに、お腹の底が痛くなってくる。三試合目、僕の前は小暮くんだ。「頑張って」そう応援した。聞こえたはずなのに、小暮くんは何の反応も示さず立ち上がった。小暮くんの相手はあんまり喋ったことはないけど、同級生の中野くんだった。  練習をしていて見ている限り、中野くんは僕たち五年生の中では京子の次に強いのではないかと思う。京子ほどではないけれど、背の高さでは六年生にもひけを取らない。  二人が静かに摺り足で開始線に歩み寄る。帯刀した竹刀をお互いに抜き、蹲踞しながら構えた。中野くんの抜いた竹刀は、大きく面の上から弧を描いたのに対して、小暮くんは小さな円を描いた。お互いの自信がそのまま描かれた円の大きさに表れているかのようだった。
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