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はじめぃっ!
やあああぁぁぁ!
二人の気合が体育館に響く。いつもは静かな中野くんの声が大きい。張り裂けそうな気合がびりりと空気を割いた。中野くんがすっと三歩、左に摺り足で弧を描く。小暮くんがその方向へ竹刀を向ける。肉食動物に狙われている草食動物のように、小暮くんは相手に襲われるのを警戒していた。
小暮くんは負けている。始めて間もない僕でもそう感じた。
軽く竹刀を払った中野くんが飛びかかる。一歩引いた小暮くんが面を防ぐものの、そのまま体当たりした中野くんの勢いにもう二歩、引いた。ムチのような竹刀が小暮くんの小手、面と連続で襲いかかり、高らかな音を立てた。江口先生と八尋先生が文句なしに赤い旗を掲げる。
面ありっ!
小暮くんが俯き、中野くんは早々に開始線へ戻る。小暮くんの踏む床が凍っているように見えた。
僕は今まで勝負というものをしてこなかった。運動会でもただ走っていただけだ。だから、勝ち負けというものをあまり理解していなかった。
そして、思う。敗北とは、たとえどんなに頑張り、どんなに惜しくても惨めなものだ。目の前で始まった二本目に、小暮くんはあっさりと小手を奪われた。
強くなりたい。小暮くんはその気持ちを僕なんかよりよっぽど持っているだろう。だからこそ、それを分かっている江口先生たちは小暮くんを叱咤激励するのだ。
学校の昼休みに見たあの光景。あそこから抜け出したいだろう。でも、染みついた負け犬根性が足を後ろへと運ぶ。思いと気持ちが離反する。そして、負けて頭を垂れる小暮くんは悲しくもやはり惨めだった。でも、これは小暮くんが乗り越えるしかないんだ。
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