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 京子は何も言ってこなかった。  近寄りたくもないというように、その日は僕や小暮くんと離れて後片付けをしていた。ますます僕は惨めさを感じ、母さんの迎えが来ると逃げるように体育館を去った。降り出した小雨が僕を責めているように感じた。 「山之内」  ぼそりと声をかけられたのは、次の稽古日のことだ。京子の目は依然として怒っている。  試合形式での稽古の時だった。いつも通り小暮くんとやろうと思ったが、相手になれ、と京子は誘ってきたのだ。  ただでさえ、京子の打突は痛い。この圧倒的怒りオーラから放たれる打突はどれほど痛いのだろう。そればかり心配してしまう。  構えてすぐに怖じ気づいた。田上くんなんかの比じゃない。  面金(めんがね)の間から覗く京子の眼は、修羅だった。明らかにもうすぐ打ってくるのが分かるのに、眼で圧倒されて身体が動かない。京子はメドゥーサか。本物の怖い目を僕は知った。  静かに揺れる炎のように、京子が僕の竹刀を払った。小さな動きなのに何トンもの衝撃を食らったかのようだ。竹刀は床につくほどまで払い落とされた。無防備なまま正面から京子の突進を見つめた。思いきり怒りをのせた京子の面が僕の脳天に落とされる。  ぱあああああああああん!  目の前に星が飛ぶ。気を失いそうになって、視界がぼやけた。言葉でなく、僕に喝をお見舞いするその面打ちは、初めて経験した京子の本気なのだと知った。  同時に、僕はとんでもない感覚に襲われた。  股間が温かい。嘘だろう? と内股になって、できる限りの力を足と股間に集中した。  が、遅かった。  構わず京子がもう一撃、僕の脳天に竹刀を振り落とす。僕は漏らしてしまったことを悟られないように、その場を動かず、もろに一撃を受けた。  いぃあやぁぁぁぁぁ!  京子が僕に向かって気勢を上げた。ほら、打ってこいよ、と。僕は動けない。足に液体がポタポタ落ちている。  京子は僕が戦意を喪失したと思ったのだろう。その姿に怒り、また一撃、雷の打突を見舞ってきた。鍔迫り合いになり、京子が僕を押す。それだけは悟られまいと、僕は足に目一杯の力を入れたが、京子に思いきり押されてしまった。  鬼のようだった京子が、ふと止まった。当たり前だ。そこには僕のお漏らしが広がっている。
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