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 演台で体操座りをして、練習を眺めた。  発表会以外で体育館の演台に上ったことはなかったから、それは嬉しかった。でも、嬉しかったのはたったのそれだけだ。  ふと、練習が止む。面が一斉にこちらを向く。面をかぶった化け物たちに見えた。およそ同じ小学校に通う生徒には見えない。  お尻が冷たい。もう、見たくない。早く帰ってゲームしたい。そう思ったが、体育館の扉はぴしゃりと閉められていた。母さんはどこかの隙を見逃さずに帰ってしまったようだ。獅子は子を谷底に落とす。その諺が教科書に出てきたとき、真っ先に僕はこの日の光景を思い浮かべた。  もはや見学するしかない状況で、冷たい冷たいと聞こえない愚痴を呟きながら、興味のない剣道を見守った。  みんな同じ神宮小学校の生徒だという。みんなの下半身に掛かっている垂れを見ていた。各々の名前が入っている。  確か、学校で同じクラスの小暮くんは剣道をしていると聞いていた。小暮くんは学校では目立たなくて、少しだけ喋ったりする。列の奥から二番目に「小暮」と楷書体の大きな文字を見つけた。知った名前を見つけてホッとしたのもつかの間、先ほどの老人が小暮くんの前にすっと立った。  何も言わず、そのまま竹刀が振り上がる。パアアアアン。パアアアアアアン。また思わず、ひっ、と声をあげてしまった。二度、小暮くんの脳天が打たれた。 「負けとろうがっ。素振りから負けとるっ。竹刀に負けとるっ。心が負けとったい、きしゃんは。帰ってよかぞっ」  その怒号は体育館じゅうに響き渡り、僕はぴよんと膝から飛んだ。おそらく聞こえない声で小暮くんは謝り、老人はすたすたと皆の前に戻った。小暮くんが左手に持つ竹刀が震えていた。当事者でない僕はその倍ほど震えあがっていた。小暮くんの代わりに僕が帰りたいと思った。
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