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風が薫り、若葉が確かな緑を纏い始めた弥鹿杯当日。朝から大変な一日となった。
父さんが珍しく車で送ってくれていた。
いつものんびり運転をする父さんが、抜け道を探しながら車を滑らせている。間に合うために父さんの運転は必死だ。それもこれも、僕のせいだった。
──母さんの機嫌が悪いなぁと感じていた。
「馨、明日試合っちゃろもん。はよ寝んね」
だらだらと歯ブラシを片手にテレビを観ていた。お笑い番組に好きなコンビが出ている。
「行くんは試合に出る人だけばい。僕とかは試合がどこかも時間も知らんけん」
そう応えながら、テレビから流れてくるボケの応酬に声を出して笑った。
「弥鹿杯ってやけん、弥鹿神社やろうもん。そんな試合出る人だけしか行かんなんて、そげなことなかろうもん」
母さんのうるさい声で、最後のオチが聞こえなかった。
「何も聞いとらんっち言いよろうもん。聞いとったらちゃんと言うけん。そんな気になるなら早く迎えに来てでも聞けばよかろうもん。僕にばっか文句言うてから」
母さんは結構遅くまでパートをしている。剣道を習い始めた頃はパートの時間を短くして世話してくれていたが、今はもう元通りにパートしている。母さんはいつも仕事終わりで駆けつけるため、迎えが遅くなる。そこを衝かれるのは、母さんも耳が痛いようだった。その後、母さんは僕に何も言わなかった。
母さんは僕をいじめたいわけじゃない。やる気のない僕の将来を心配して剣道をやらせたんだ。少し悪いことを言ってしまったかなと思った。「頑張らないかんて、少し思ったと」そう母さんに言った時、母さんは嬉しそうに笑った。それを思い出していた。僕だって期待に応えたいとは思うんだけど……。
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