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翌朝、かなり早い時間に僕は叩き起こされた。
目をこすると、母さんが仁王像のような迫力で僕のベッド横に立っている。なにやら紙を僕に突きつけている。上のほうに、『保護者様へ』の文字が見える。僕は青褪めた。
そう言えば、帰ったらお父さんお母さんに渡すようにと江口先生が言っていた気がする。僕は防具袋の底にその紙をしまって、面やら胴やらを入れてしまった気がする。
「防具袋の中見たらこれが入っとったばい。早く着替えなさい」
静かな物言いがいつに増して恐ろしかった。ただ、サボろうとしたのではなくて、本当に失念していたのだ。誤解されていたらそれを解きたいと思ったが、言い訳に聞こえそうでやめておいた。
「ごめんなさい」
とにかくダッシュで着替えた。母さんはもくもくと昼に用意しなきゃいけなかった弁当を作ってくれていた。父さんがぽん、と僕の頭に手を乗せた。
「送っていくけん、大丈夫たい」
とにかく時間がない。車に飛び乗ると、父さんが優しい笑顔を僕に向けた。
「間に合うけん、大丈夫」
失敗したという反省と、間に合うかドキドキする怖さを、父さんは和らげてくれている。
父さんは抜け道をくぐり抜けながら、訥々と僕に語りかけてきた。
「剣道はどうね? 辛かか?」
父さんは前を見ながら笑みを浮かべていた。
「江口先生と八尋先生が怖かっちゃんね。あと、大家京子って女子がおるっちゃけど、でかくて、なんか嫌っちゃんね。母さんも怖かけんが、毎日怖いことばっかとよ」
父さんは小道へハンドルを切りながら笑った。
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