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「馨、頑張れるだけ頑張ってみ。今は父さんも頑張ったら良いことあるとよ、とは言えん。やけん、頑張れるだけ頑張ってから、そん時にまた話そう。今日の試合も、出んでもさ、頑張って見ておいで」  鳥居が見えた。大きな鳥居の下を剣道少年少女が防具袋を担いで歩いている。 「ここで降ろすよ」 「うん」  父さんは窓を半分開けて、頑張っておいでと手を振った。見るくらいなら、頑張れそうな気がした。  夏祭りとお正月しか知らない弥鹿神社は、圧倒的に荘厳な佇まいで僕を迎えた。 『弥鹿神社少年少女剣道杯』と書かれた藍色の旗が、山から流れてくる風にはためいている。  拝殿へと続く石道の左右に、玉砂利が見事に片付けられた土の空間が広がっている。拝殿をぐるりと囲むように、剣道着の集団が八つ九つと固まっている。奥に神宮小の一同が集まっているのが見えた。 「遅かぞ、山之内!」  八尋先生にぎろりと睨まれ、震え上がる。僕が一番最後だったようだ。父さんに送ってもらわなかったら大変なことになっていた。頑張って試合を見る。父さんから言われたそれだけはやってみようと思った。  拝殿を支える縁束に沿ってみんなの防具袋が置かれている。少しの隙間を見つけて自分も防具袋を置き、竹刀を持ってみんなが組んでいる円に入った。 「広がって。体操から」  江口先生が言い、輪が広がる。  ……ここで練習するのか。ただ試合を観戦するだけかと思ったら、甘かったようだ。他の剣道団がこちらに注目している。  いち、にい、さん、しい。  その中で神宮小剣道団はいつものように体操から素振りへと移っていく。  えいっ! えいっ!  素振りを鼓舞するような江口先生の声が境内に響くのが僕には恥ずかしく思えた。どこの剣道団も体操くらいはしているけど、本格的な練習まではやってない。
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