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「京子って、強かのは分かるっちゃけど、なんであんなに怒るっちゃろか? 誰でも京子みたいに強くはなれんたい。梅津くんがかわいそうやろもん」  僕が口を尖らせて小暮くんにそう言った時、僕は背中を叩かれた。  振り向くと、古賀ちゃんが首を振っていた。隣で中野くんも同じように首を横に振っている。まるで、それは言うなとでも言うように。 「やまのっち、小暮っち、知らんとね?」  古賀ちゃんが悲しそうに言った。普段あまり喋らない中野くんも珍しくはっきりした声を出した。 「京子はお兄ちゃんば亡くしとうと。やけん、言わんとき。俺たちは京子みたく強うなろう」  そう言われたが、よく分からない。小暮くんと顔を見合わせる。古賀ちゃんが仕方ないというように答えてくれた。 「京子に言ったらいかんばい? 京子のお兄ちゃんも昔は剣道しとったとよ。病気んなって、できんくなって、お兄ちゃんはそのまま病気で亡くなったと。病気に勝ちたいって、強くなりたいって、病気んなってからも素振りとかしとったとやって。江口先生とか八尋先生の家に行って稽古つけてもらったり。やけん、京子は病気でもないとにできることをやらん人には腹が立つとよ。お兄ちゃんは強くなりたくてもできんかったとに、って……」  中野くんが古賀ちゃんの言葉を噛むように静かに頷いた。 「……そうね。そげんこと知らんかった」  僕が言うと、古賀ちゃんが、ふ、と息をついた。 「京子のお兄ちゃん、弥鹿杯の前に亡くなったとやって。試合には出れんのに江口先生は京子のお兄ちゃんば補欠でエントリーさせとったって。やけん、京子は弥鹿杯の金メダルば家に持って帰りたいとよ。俺らが来年強なって優勝したかね」  そっか。  謎が解け、同時にまた僕には目標ができた。  そっか、頑張ろう。  それからの僕は、やらされている剣道から少し脱皮したように思う。  稽古の前にしっかりとおにぎりを食べ、「行ってきます!」と大きな声で家を出るようになった。黙祷していると、周りの音は気にならなくなっていた。江口先生や八尋先生の怒声も背筋を伸ばして受け止められるようになった。  汗まみれの夏には稽古前のお腹の痛みはすっかりなくなり、薄風吹く秋になると六年生に技を教えてもらい、雪がはららと落ちる頃には六年生での弥鹿杯には出たいと心から思うようになっていた。 「甘い甘いっ! 小さいならせめて早よ動かな! 動けるやろ。あんたはすばしっこいはずなのに自信がないだけたい」  京子の鬼みたいなシゴキにも食らいついた。かかり稽古で向かっていく僕に、京子は少し嬉しそうな顔をしているように見えた。  吐く息が白く広がる。みんなで雑巾を洗いながら降る雪を見た。 「みんなで弥鹿杯で優勝したかね」  小暮くんがぽつりと言い、古賀ちゃんが「おう!」と返す。中野くんは静かに頷いて、京子が小暮くんの頭を叩いた。 「あんたと山之内の実力じゃ選ばれもせん。もっと稽古つけないかんばい」  雪が止む。みんなで夜空に白く息を吐く。もうすぐ六年生。なんとかこの五人で弥鹿杯メンバーに選ばれて勝ちたいな。  京子は良い顔をしていた。夜空のどこかに向かって、誰かと話をしているようだった。 「京子、片付けしよう。鍵閉めるばい」 「ん、待ってー」
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