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 今年の桜はあっという間に散った。あまりゆっくり見惚れる機会がなかったからかもしれない。六年生になり、それだけ稽古に打ち込んでいたということだろう。  いつものように掃除を終えて並ぶと、江口先生と八尋先生の隣に背の小さな男子が並んでいた。 「今日からまた仲間が増えた。はい、(じん)くん、挨拶しなさい」  嫌な目つきだな。それが第一印象だった。 「……ああ。(じん)です。お願いします」  礼もせずに彼はふてくされたような挨拶をした。江口先生の眉が上がる。同時に八尋先生の口が動いた。 「名前と学年まで言いなさい」 「………………。陣雄大(じんゆうだい)です。六年です」  そう言い終えて、顎だけでしゃくったように礼をすると、みんながお決まりの拍手をした。拍手の音に紛れたが、僕は陣雄大が舌打ちをして僕らに睨みを利かしたのを見逃さなかった。  皆でいつものように体操から稽古を始める。左から「一、ニ、三、四」と、順に声出しをしながら体操を進めていく。左隣が声を出せば次は自分が「一、ニ、三、四」と声を出す。誰でも分かるはずで、五年生で入団した初日の僕でもそれは分かって声出ししたのを覚えている。  陣雄大は自分の番が回ってきても声を出さなかった。沈黙が体育館を包み、皆が怪訝な目を寄せる。それでも、陣は鋭い目つきを正面に向けたまま声は出さなかった。たった八つのカウントが、とても長く感じた。 「おいっ、声出さないかんとぞ!」  たまらず八尋先生が怒鳴ったが、陣は舌打ちしたまま何も言わず隣の古賀ちゃんが声を出した。  風雲急を告げるように、体育館の電灯がちかついていた。
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