2/11

60人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
 陣雄大はそのまま僕たちと同じ稽古組に入った。陣は経験者のようだった。六年生から初めて剣道を始めようというケースは少ないだろう。五年生から始めた僕でも遅い珍しいケースのようだから、それは自然なことだった。  陣の防具はかなり使い古されていた。小手は色あせてもう白っぽい。防具をまとう仕草は慣れていて、せっかちなほどだ。  陣が防具をつけ終えて誰よりも先に立ち上がった。背は高くない。京子よりずっと低い。だが、立ち上がった陣はこの体育館にいる誰よりも強い。僕はただ立っただけの陣を見てそう感じた。竹刀を構えてもいない、それでも、よく分かったのだ。陣の強さは圧倒的だと。  京子の面が陣に向いていた。ちらりと視線を送った陣は、京子を一瞥だけして僕らを見た。早くしろよと言われたように思えた。    ちえええええええい  体育館は陣の一人舞台となっていた。  まだ春気の薄い床が、陣の踏み込みで熱を帯びる。自分より背の高い相手の面めがけて、陣の竹刀は鞭のごとくしなる。面布団(めんぶとん)が衝撃を和らげることができず、そのまま脳天を打ったかのような音が響く。よろけた相手に向かって陣が跳ぶ。踏み出した右足と竹刀が、獲物を食らうために大きく開いた獣の口のように見えた。 「山之内くん、怒られるよ」  鍔迫り合いの最中、陣へよそ見を向けていた僕に小暮くんが小さな声で注意した。その小暮くんも陣が気になるようで、ちらちらとよそ見をして陣を見ている。  いや、怒られないな。僕は周りを見渡して思った。江口先生も八尋先生も、中村先生も明らかに陣を見ていた。釘付けと言っていい。  竹刀でどうにか受けようとする相手を、陣がめちゃくちゃに打ち、突いていた。ただひたすらに、陣の奇声が体育館にこだましていた。先生たちが何やら話し、京子を呼んだ。その様子がやけに気になった。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加