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 後から知った話だ。  陣は素行に問題がありそうだと先生たちは危惧していた。江口先生のつてで、陣が稽古していた大阪の剣道団へ陣のことを訊ねたらしい。  陣は問題児だったと、はっきり言われたらしい。  低学年との稽古にも関わらず、力を抑えることなくめちゃくちゃな打突を相手に与える。怪我も何度かさせた。陣に剣道の精神を植えつけられなかった、と。  そこで、先生たちは最初に京子をあてた。陣に、思い通りにはならないことを最初に知らしめる。この神宮小剣道団内で自分より強い者がいることで、陣を抑える。そういう意図があったとのことだ。  そして、これはものの見事に失敗した。  江口先生から見て、京子の剣道は全国レベルにある。そう踏んでいた目論見を陣の強さは上回っていた。  陣が入団した怒涛の一日が終わり、僕たちは言葉少なに体育館を後にした。僕らが大切に作り上げた器にヒビが入ったみたいだった。何だかとても悲しい気持ちが込み上げていた。  その日は、母さんの小言が多くて出るのが遅くなった。  体育館に着くと、すでに京子たちが雑巾がけを始めていた。六年生が稽古前の雑巾がけを行うことになっているのだ。 「ごめん。みんなの雑巾洗うけん」  小暮くんが苦笑いし、古賀ちゃんが笑いながらポーンと雑巾を僕に放った。 「いいけんが、早よやって」  京子がプンプンと怒っている。体育館に陣の姿はなかった。六年生は稽古前の掃除と伝えているのに、陣は初日以来、この稽古前の掃除に姿を現さない。  稽古が始まる十七時半に近くなると、小さな一、二年生が体育館に姿を見せ、だんだんみんなが集まってくる。陣が姿を見せたのは団員の中で一番最後だった。  体育館に一礼もせず、ずかずかと陣は体育館の隅へ向かった。一、二年生が怖がっている。それを見た京子が防具を出す手を止めて、陣へと向かった。我慢の糸が切れたようだった。
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