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 ある日、僕が外の洗い場に雑巾を洗いに行くと、中村先生が低学年の子の面を磨いていた。 「おう、山之内くん」  中村先生は専ら低学年の子や入りたての子たちの担当で、僕はなかなか一緒に練習をできない。親身になってくれて、優しいから時々は中村先生と話したいと思っていた。  バケツに水を入れながら中村先生に陣のことを切り出した。 「先生……先生たちは陣のことを何で怒らんと?」  中村先生は面金の部分を丁寧に拭きながら、うん、と小さくため息をついた。 「うん。実はね、江口先生と僕でお家を訪ねたんだよ。お母さんもおばあちゃんも良い人でね。ずっと謝ってらっしゃった。皆が見ていないところで江口先生も八尋先生も陣くんを叱ってるんだ」  そうなんだ。知らなかった。それは先生たちにも何かの考えがあってのことなんだろう。 「このままみんなに危害が加われば、どこかで陣くんを辞めさせないといけないね。でも、陣くんから剣道を取り上げると、陣くんは変わらないまま大人になってしまう。それをなるべく僕たちはしたくないんだ。必ず、どこかで陣くんは変わる機会を得るはず。そこで変われるかは陣くん次第だ」  バケツに水が溢れた。 「あいつ、変わると思えんちゃけど」  中村先生は面金を丁寧に拭きあげると、優しく僕を見た。 「山之内くんだって、僕が素振りを教えた頃からずっと変わったよ。陣くんだって、そういう機会が訪れる。そのために、山之内くんや小暮くんたちが強くなって欲しいな。陣くんとみんなが共通してることがある。分かるかい?」  僕は首を振った。 「勝ちたいってことだよ。まだ、山之内くんは足りないかな? その共通した思いがいつか陣くんを変えるきっかけになる。僕たちはそう信じてる」  中村先生が僕の頭に手をあてた。 「強くなろう。心も身体も。このままじゃ悔しいだろう?」 「はい」
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