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 日曜日に道着を着るのは覚悟が必要だった。でも、僕は自分を誇らしく思えた。  チャイムを押すと、髪ボサボサの先生がのそりと扉を開いた。稽古の時とは全く違う。よぼよぼの老人にしか見えなかった。 「おう、どうしたとや?」  目を丸くした江口先生は、僕と小暮くんに目を丸くした。 「稽古、つけてほしかとです。強くなりたい」 「陣に勝ちたかです」  江口先生はおじいちゃんみたいに笑った。僕と小暮くんの頭にゆっくりと手を置き、撫でた。 「そうかそうか。分かった。ちょっと上がって待っとれ」  上げられたのは十畳一間の和室で、丁寧に彫られた欄間や風流な襖絵が目に入ってくる。「なんか、すごかね」小暮くんと言い合っていると、そっと襖が開いた。優しそうなおばあちゃんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。 「よう、いらんしゃったね。小暮くんに山之内くん。お父さんからよく聞いとうとよ。お父さんは二人の心ば強うしちゃりたいって」  ことん、と茶托が置かれ緑濃いお茶の香りが漂った。先生が僕たちの話を家でしてくれていることに、心の中がほんわりと温まる。 「お父さんは厳しかろ? やけん、こげんして二人が来てくれたとはすごい嬉しかとよ。今、お父さん急いで着替えとう。こんなボサボサの髪で情けなかって」  そう言って先生の奥さんは口許をおさえて笑った。 「いきなり来ちゃってごめんなさい」  小暮くんが謝ると、先生の奥さんはぶんぶんと手を振った。 「わたしも嬉しかよ。とっても嬉しいとよ? こうして来てくれたとは、京子ちゃん以来よ」 「京子が?」 「そうよお。京子ちゃんはちっちゃい頃から稽古がない時は毎日来ちょった。京子ちゃんは心と体を強くしたいって。こーんなちっちゃな頃から。二年生とかだったはずやねぇ。立派な子よ」  僕と小暮くんは顔を見合わせた。京子のお兄ちゃんが亡くなった時からだろうか。京子はそんな小さな頃から……。京子の凛とした姿勢が目に浮かんだ。京子はやっぱりすごい。
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