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 しばらく待っていると、和室の襖が開いていつもの厳しく怖い江口先生が立っていた。ボサボサだった髪は整い、藍色の道着がしっかりと胸元で綴じられている。後ろから、ぬっと長身の男が顔を出した。私服で分からなかったが、八尋先生だ。江口先生に呼ばれて駆けつけたらしい。 「よし、特別稽古ば始める」  ちょっと僕たちは後悔した。  綺麗に芝が刈られた庭に出ると、素足が芝の水を柔らかく吸った。目の前にはいつもの厳しい江口先生と八尋先生がいる。 「よし、稽古ば始める。その前に、二人はなんで家に来てくれたとか、もう一度聞こう」  江口先生がちょっとだけ嬉しそうな顔を隠して僕たちに問うた。 「「陣に勝ちたかです」」  八尋先生が大きく頷いた。 「よおし、まずは体操と素振りから。そして、二人に技を教える。それば身につけたら、勝てるかもしれんぞ。ただ、陣は強かばい。特訓ちゅうやつじゃな」  にやりと笑った江口先生は、それから鬼と化した。僕と小暮くんは本心で後悔したけど、それから毎日のように江口先生の家を訊ねた。忙しいはずなのに、八尋先生も必ず一緒に来てくれた。  体育館では、京子をはじめとしたみんなの声が一層響き渡るようになった。みんなの目が必死だ。陣はそれをケタケタと笑いながら見ていたように思う。相変わらず掃除もしない。  陣、僕たち神宮小剣道団はこんなもんじゃないんだぞ。それを分かってもらいたい。その想いを胸に秘めながら、僕と小暮くんは江口先生の家でマメができるまで竹刀を振り続けたんだ。  さあ、もうすぐ弥鹿杯の選考試合だ。
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