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 神宮小剣道団の雰囲気は陣の横暴のせいで日に日に雰囲気を悪くしていた。 「おい、ネズミ。お前が水飲むな言うてるやろ」 「メガネ、こら。俺の分も拭いとけや」  陣が変わらず悪態をつく。  禁止されている跳び箱に座って陣は僕たちを見下ろしている。その前に京子が立ちはだかった。 「あんた、文句あるなら勝ってから言えち言うたよな?」 「あん? なんや。今度の試合か? 俺が女に負けると思てんか? いや、ちゃうか。お前、女と男どっちもやもんな」  京子は掴みかかることをしなかった。静かに陣の目を見た。 「あたしや、山之内が勝ったら絶対言うこと聞けよ」  陣は笑った。 「はあ? 俺がネズミに負けるとでも言うんか? 終わってんな、お前の目」 「終わってるんか終わってないんかは、金曜の試合で分かるっちゃ」  ははっ、と馬鹿にした笑いを漏らしながら、陣が跳び箱を降り、僕を見た。 「おい、ネズミ。お前、俺に勝つつもりなんけ? おもろいやんけ」  陣は大股で体育館を後にした。京子が僕へと振り返る。蔑むような目ではなく、僕を信頼してくれているような目だった。何も言わず、僕へ向けて頷いた。僕も京子へ頷いた。  水曜も木曜も、学校でも家でも、剣道のことばかり考えていた。なんとかして陣に勝ちたい、と。  そしていざ、弥鹿杯の選考試合当日が訪れた。 「今年の弥鹿杯は五年六年は総当りにするけん」  八尋先生がホワイトボードを引いてきて、僕たちの名前を書き始めた。言われていた通り、総当たりとなるようだ。  六年生は、京子、中野くん、古賀ちゃん、小暮くん、僕、そして、陣。五年生は田上くんなどの三人。一人で八試合も行うことになる。随分と長丁場になるが、これは僕と小暮くんにとってはまたとないチャンスだ。やれるだけやった自信が僕たちにはあった。  僕たちには、決して稽古で見せなかった技がある。江口先生のアドバイスもヒントにして二人で磨いた技が。  これは選考試合ながら、僕たちの目的は陣を打ち負かすこと。僕たち六年生は、互いに顔を見合わせる。陣をこらしめるぞ、と。  だが、そうは甘くない。  やはり陣は強かったのだ。
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