3/5

60人が本棚に入れています
本棚に追加
/74ページ
 京子が試合へと立ち上がる。気のせいか、すこし京子はよろけたように見えた。  開始線へ大きく摺り足で三歩進む。いつもの凛とした姿勢がない。何かを気にしているようで摺り歩く一歩に力がない。背筋が曲がり、覇気を感じ取れない。  はじめっ  開始から変だと思った。この試合までもおかしいと思ったが、それ以上だ。あの京子が相手を威圧する高い声を出さない。 「京子、声、声っ!」  古賀ちゃんがが叫ぶのを江口先生が柔らかく制した。江口先生は何かを感じていたようだった。  それでも、京子は強い。いつもの圧倒的な攻めはなりを潜めているものの、防御しながら隙をつこうとしている。  ただ、鋭い返し技だけでは相手も警戒する。やはり、なにかおかしい。ずるずると試合は一分を過ぎ、折り返していた。  はあ、はあ。  待て、がかかり試合が止まっている。その間、境内に京子の息遣いが響いていた。 「頑張れ!」 「がんばれ、京子!」  その白い道着へ僕たちはたまらず声を出す。声が聞こえたのだろう。京子はこちらをちらりと向いてわずかに頷いた。そのまま京子は空を仰ぎ見た。誰かと話しているようだった。  きぃあぁぁぁぁぁあああああ!!  京子のいつもの声、いや、いつも以上の気勢が弥鹿神社を震わせた。さっきまでの受け身はどこへいったのかと思えるほど、京子が躍動する。  相手は必死に防御するいっぽうとなった。京子の面が相手の面先をとらえる。審判の一人が旗を上げたが、迷ったようにして二人の旗は上がらない。でも、これは時間の問題だ。この勢いさえ戻れば、京子は勝つ。そう確信していた矢先のことだった。  京子は足を止めた。  相手が意表を衝かれたように動きを止めたが、攻めてこないとみるや、一気に相手が攻勢を強めた。
/74ページ

最初のコメントを投稿しよう!

60人が本棚に入れています
本棚に追加